わたくしの一日
シファの日常
おはようございます、皆々様。
シファにございます。
マリアテレス家に来てからのわたくしの朝は、主とのスキンシップから始まります。
普段どこへなりと飛び回っているわたくしの主、ファルディア・マリアテレス様ですが、必ず夜にはこのわたくしの居る自室へ帰ってきて、寝るようにしているそうです。
忙しいようですので、ご無理なさらなくて良いのですが、寂しがるといけないからと先日仰っておりました。
尚、その間わたくしが言葉を返すことはございません。
完全なる独り言になっているのに、主はわたくしが言葉を解すと信じて疑っていないようです。
そんなことはさておき、朝のスキンシップです。
いつも朝の光が部屋に差し込む前に、主は目覚めます。
なお、ベッドの側には相棒であるジャガリオン、ラタがおります。
どれだけ遅くに帰ってこようと、日が昇る前に目が覚めるのが主です。
それは素直に凄いなと思うのですが、困ったことに、主は目覚めたあと身支度を整えると、わたくしの寝場所である可憐な鳥かごの扉を開け、わたくしを起こしにかかるのです。
「おはよう、ラタ」
「ぐるる」
「おはよう、シファ」
「ぴゅ…」
ラタは早起きに慣れているようですので、至って普通にお返事をします。
しかしわたくし、人間であったころから朝は猛烈に苦手なのですが、鳥になってからも変わりませんでした。
主が起きたのだからと必死で睡魔と闘い、ふらつきながら巣の外に出るものの、意識は夢現の狭間をさまよっているせいでいつも謎な声しか出ません。
主はそんな私の様子を気にするでもなく、扉を抜けたわたくしを救い上げ、おはようのキス。
かーらーの、頬擦り。その後撫で繰り回す。
…えぇ、これ、毎朝です。
初めてキスされた日には思わず飛び上がって逃げました。
ラタに即捕獲されてしまいましたが。
それでも、どれだけ抵抗したところで主にこの習慣を変えるつもりはないとわかってから、抵抗はやめた次第であります。
そもそも朝というものは、日が昇ってからです。
わたくしは夜行性ではないのです。
無抵抗なところを撫で繰り回されても、この時ばかりは抵抗する気力もございません。
「今日もふわふわだな、シファ。
…食ってしまいたい」
「ぴっ」
「冗談だ。おとなしくしてろ、行ってくる」
不穏な一言にびっくりして声を漏らすと、優しく頭を撫でられ、主とラタは部屋を出て行かれました。
ちょっと本気入ってらっしゃるでしょうなんて、恐ろしくて申し上げられません。
柔和とは言い難いお顔をお持ちのわたくしの主は、聞くところによると御年26歳。
ご長男であらせられる次期ご当主さまの補佐で、日々領内を飛び回っておられるそうです。
警備を一手に任されているようで、当然体も鍛え上げられたもの。
剣を握る手は大きく、ラタと共に向かうところ敵なしだとか。
そんなコワモテが、片手に収まるような小さな鳥にキスをしている毎朝の光景。
使用人は、朝だけ主のお部屋の付近に近寄ることを止めてしまったと、後に噂で聞きました。
……こればかりは、なんとも申し上げられません。
主が部屋を出たあとにわたくしは巣へ戻り、二度寝に入ります。
小さな体ではエネルギーが尽きるのが速いのです。
おまけに毎朝無駄に気力をこそげ取られるのですから、二度寝も致し方ありません。
睡眠によって失った気力を取り戻すことは必須なのでございます。
そうして睡眠によって気力やら何やらを回復させたあと。
目覚めたわたくしに朝ごはんをくれるのは、専属のお世話係さんです。
可愛らしい妙齢のメイドさんはリュリさんと言うそうです。
彼女は、わたくしがお屋敷につれてこられた日から、主不在の間のお世話をしてくださいます。
世話と言っても大体がご飯の用意程度でありますが、リュリさんはいつもにこにこしながらお世話をしてくださるので、こちらとしても彼女を信頼するのに時間はそう必要ありませんでした。
ちなみに、わたくしのごはんは果物です。
肉食ではございません。
わたくしベジタリアンなのです。
リュリさんはご用意してくださった果物の説明をしながら、ひとつひとつ食べさせてくださいます。
その間、リュリさんがうっとりしながらわたくしの羽を撫でていることは存じております。
餌付けされているという事実はさておき、わたくしにとっても至福の時ですから不問です。
主に知られたら面倒なことになりましょうが、今のところバレてないようなので大丈夫でしょう。
食べ終わると、嘴を簡単にナフキンで拭いて下さり、お辞儀をして退出されます。
そうしてわたくしはくちくなったお腹を抱え、安眠タイムに突入するのでございます。
昼頃、ようやく目が覚めたわたくしの前には既にリュリさんがいらっしゃり、ふわふわとわたくしのあごあたりを撫でていらっしゃいました。
どうりで気持ち良かったわけです。
わたくしが目を覚ましたことを知ると、またリュリさんとのお食事タイムです。
たまにわたくしが食べ終わったあとにリュリさんの指に頭を擦り付けると、目を瞑って悶絶してらっしゃいました。
うっとり顔も可愛らしいリュリさんだから許されることなのかもしれません。
「あぁお嬢様…、なんて罪作りなお方…!」
「ぴっ」
「はう…!!」
はぁはぁしながらそう言われて、だめ押しに小首を傾げて一声鳴いて差し上げました。
いつもお世話になっておりますし、たまにはリップサービスというものです。
リュリさんはよろよろしながら退出されて行きました。
プロですから、仕事に支障を来すことはないでしょう、きっと。
夕方。
リュリさんが持ってきてくださったご飯を頂き、一頻りリュリさんを悶えさせたあと。
わたくしは主とラタが戻ってくるまで、ひたすら睡眠を貪ることにしております。
怠けすぎというなかれ、どうやらこの夢見鳥という種、別の名を神鳥とも呼ばれているようです。
その身に強大な魔力を内包し、寿命も永く、通常と鳥類と一線を画す存在であるとか。
眉唾レベルのお話で、我がことながらあまり信じてはいないのですが、成鳥を迎えたあとさらに変態する為、体を作りかえる時期を持つのだそう。
わたくしはまだ成鳥になってそんなに経っておりませんが、マリアテレス家の皆様は高い魔力を保有していらっしゃる為、それに中てられて時期が早まっているのではないか、というのが主の談でございます。
正直なところ、わたくしにはいまいちよくわかりません。
体を内から作り変えるということを改めて考えてみると恐ろしいことではあるのですが、普段はただ眠いだけなのですから、わたくしには申し上げられることは何もないのです。
そういえば、親や仲間からはそんなようなことを聞いたことがあるような気もするのですが、あまり覚えておりません。
我がことながら、能天気にも程があると、最近つくづく思います。
巣の中でうとうとしながら待つ、ひとりの時間。
わたくしはかつて自分が人間だったころのことを思い返すようになりました。
性別は何で、どんな家族の元、どのように生きて、容姿や性格はどうで、友達がどれくらい居て…。
たくさんのことを一気に思い出すことは難しいのですが、やることもないので、少しずつ少しずつ思い出しております。
わたくしはかつて、こことは別の世界の小さな島国で、人間の女として生きておりました。
家族は父母と姉と妹、それとセキセイインコが数羽。
わたくしが現在鳥になっているのは、これも因果ということなのでございましょうか。
青と水色、白と黄緑、橙。
歴代で様々な色のインコを飼っておりました。
ですので、今世で主やリュリさんの反応はなにやら馴染み深いものがございます。
やられるほうはたまったものではないと痛感したのは嬉し悲しではありますが、それでもなんとなく懐かしさを覚える行為でありますれば、これからも許容するつもりでございます。
真夜中になって、主とラタが戻っていらっしゃいました。
ぱたぱたと飛んで主の元へ行き、おかえりなさいのキス。
これもいつもの通りでございます。もう突っ込みません。えぇ。
主が済んだら、ラタへもおかえりなさいのスキンシップ。
最近はラタのほうが無体を強いないことを思うと、何やら遠くを眺めたくなることは否めません。
主とラタが食事を済ませ、湯浴みをし、主の書類整理が終了したあと。
ようやく、就寝と相成ります。
「おやすみ、ラタ」
「ぐるぅ」
「おやすみ、シファ。すまないが、今日も頼む」
「ぴっ」
部屋の明かりが落とされそれぞれ寝床に入りますが、わたくしだけは眠らず、主とラタの為に歌います。
鳥目の為様子はあまりわかりませんが、それでも寝たか寝てないかくらいはわかります。
しばし歌い、主とラタが眠ったことを確認したあと、わたくしも眠りにつきます。
こうして、わたくしの一日は過ぎていくのでございました。
主様は本当はシファと添い寝したい