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わたくしは夢見鳥

説明回

初めまして、皆々様。


わたくしはシファ。

ここ、マリアテレス家に飼われている夢見鳥にございます。


わたくしのことを語る前に、まず夢見鳥というのはフェザーランディアの固有種であり、体長よりも長い尾を持つ小鳥の一種です。

現在絶滅危惧種に認定されているわたくし達は、かつて人間たちに乱獲され、その数を減らしました。

飾りになる美しい尾羽と、涼やかな鳴き声が愛らしく、小柄で大人しい性格が愛玩用に良いという理由からです。

この世界、フェザーランディアという名だけあり、鳥類の数はその他の動物を圧倒するほどの多さでございますが、その中でも際立って美しく愛らしいと評判のわたくしたち。

人間たちがこぞって手に入れようとした結果、わずか十数年で百羽程度にまで数を減らしてしまったのでございます。

群れを作る習性があったことが、結果として乱獲の手助けをしてしまったことは言うまでもありません。

そしてわたくしが今世に生を受けたときには、既に仲間は群れ1つきり。

歴史から学んだ群れが、深い森のさらに奥、人間など全く手に及ぶところではないところまで引っ込んだ為、今や秘境がわたくしたち夢見鳥のテリトリーでした。

当然人間は大敵とされ、テリトリーの外へ行かないのはもちろんのこと、たまに迷い込んできた動物からそれらしき噂を聞いただけでも群れごとしばらく安全な洞窟に引っ込むなど、本能から人間を警戒するようになっておりました。


さて、そんな種であるわたくしでございます。

ここからは、マリアテレス家に入る前のわたくしのことと、飼われるようになった経緯ついてお話致しましょう。


唐突ではありますが、わたくし、生前は人間でありました。

何を馬鹿な、とお思いでしょう。

わたくしも馬鹿なと申し上げたい気持ちでいっぱいです。

けれど、そうはいかないのが現実。

あまりにもつらい現実に、ない脳みそ振り絞って悩みぬいたあげく、一時は死の一文字が脳裏を過ったことすらございます。

なんせ人間だった記憶を思い出したのは、生まれて一か月が経ったころ。

切欠がなんだったのか覚えておりませんが、如何せん、まだまだ雛の段階でそんなことを思い出してしまったのです。

既に、親や仲間からは人間の凶暴性、危険性を嫌というほど刷り込まれ、かつ本能的に恐れるようになっていた、それが人間。

自分がそんなものだとわかってしまった瞬間に、わたくしは一度発狂したそうでございます。

~そう、と申し上げたのは、わたくしに当時の記憶はないからです。

まだ飛べないはずのわたくしは何度も果敢に巣から落ち、そのたびに親や仲間に空中で拾い上げられ、捕獲される日々。

巣は高い木の上部のあたりにあるのです。

落ちたら即死が関の山ですが、逆に高すぎて落ちるまで時差があるので、その途中で気付いたものが毎回必死で確保してくださった様子。

いやはや、記憶は未だございませんが、仲間には頭が上がりません。

そしてその間、巣守をしていた父はほとんど寝ることすらできず、すっかり消耗していたそうです。

まったくもって申し訳ございませんでした。

しかし、何が幸いになるかわかりませんね。


わたくし、脳みそが小さいので、それが幸いしたのでしょうか。


許容量をオーバーしたあげくに、ある日とうとうぷっちんしてしまったわたくし。

3日寝込んだ翌日に、けろっとして元に戻ったとのことでございました。


えぇ、当時発狂していた記憶はきれいさっぱりございません。

なのに人間であった記憶はばっちり残っているというのがまたなんとも腹の立つ。

父はすっかり様子の変わったわたくしに安心したのか、代わりに寝込んでしまわれました。

本当に本当に申し訳ありません。

可能であれば土下座謝罪を披露してさしあげたいところですが、鳥の骨格からそれは出来ませんでした。

無念。


それからは何の不都合もなくすくすくと成長し、わたくしはあっという間に成鳥と相成りました。

何分、数が少ない種でございます。

これからは(つがい)を見付け、子を()していかねばなりません。

しかし、ここでまた問題が発生したのでございます。

わたくし、なまじ人間の記憶を保有しているせいか。

仲間の雌雄が見分けられず、おまけに発情もしないのです。

雌雄が見分けられないのはまだしも、鳥なのに人間の感覚がほんの少しでも戻ってしまったのか、体は大人になっても発情しないことが大変問題になりました。

これでは番を見つけたところで子は生せません。

すっかり、わたくしは途方に暮れました。

子が生せない個体は、この群れに居る理由がなくなってしまったと感じたからでございます。

同時に生まれた兄弟姉妹は、既にぞくぞくと番を見つけ始めておりました。

その時に何を思ったのか、後のわたくしが当時を思い返しては、己の愚かさに頭痛を覚えることも知らず。

わたくしは、わたくしだけは、誘われても相手に応えることも出来ず、応えられない辛さから逃げるようにテリトリーの外へと飛び出してしまったのでございます。


我武者羅に飛び立ち、周りを見ることなく飛び続けた結果。

わたくしは、見知らぬ地へと着いておりました。

見渡す限りの景色にも、風の匂いも、生え茂る木々や植物たちも。

全く見た覚えがないものばかりでございます。

その状況になってからようやく、はっと我に帰りました。

すぐに帰らなければ、と思いました。

ずっと真っ直ぐ飛んでいただけのはずですから、ここでまた来た道を戻れば良いだけのこと。

わたくしは飛んできたはずの方向を向いて飛び立とうとし、しかしびくりと体を震わせました。

何かよからぬものが近づいている、本能からか、そんな感覚がしたのです。

わたくしの体の中で、小さな心臓が激しく鼓動を繰り返しているのがわかります。

わたくしは、何故わたくしの仲間が群れごと秘境へ引っ込んだのか、何故外に出ることをあれほど恐れていたのか、その理由をいつ如何なるときであろうと、忘れるべきではなかったのございます。


何かが来る、そんな予感がひしひしとする方向から、目も感覚も離せなくなりました。

暴れ狂う心臓と、今にも飛び立ちたくてたまらない体を抑え付け、わたくしは待ちました。

永く感じましたが、実際はそんなに経ってはないのでしょう。

がさっと激しく茂みをならして現れたのは、まさしく恐れていた人間そのものでした。

おまけに猫科に見える獣を引き連れています。

これはまさに絶体絶命と申し上げても良い状況でありましょう。

声を出すことはもちろん、身動き一切だめ!と己を叱咤し、木の枝の上で置物になり切りました。

わたくしの演技はもはや完璧だったと自負しております。

ですが、あぁ、悲しいかな。

わたくしはわたくしの体のことをを十分に理解してはいなかったのございます。


「ぴーーーーーーっ」


次の瞬間、わたくしは猫科の動物に枝から地面に叩き落され、かつその前足で押さえ付けられておりました。

故郷の木々の半分しか高さがなかったことが敗因だったのでしょうか。

当然、何故ばれたのかと脳内は大混乱でございます。

何故という言葉で埋め尽くされる脳内。

必死で逃げようともがきつつ、何故ばれたのか考えました。

そうしているうちに、あばれた瞬間にぱっと視界に入るわたくしの尾羽。


………思いっきりわたくしが原因ですかーーー!!!


理由がわかってからも、ここで食われてなるものか、と暴れることはやめません。

身はほとんどないのです美味しくありません頼むから食わないでー!

大暴れするせいで、ばっさばっさと羽が抜け、辺りに舞い散る中。

低く深い声音で、人間が命令を発しました。


「ラタ、食うな。寄越せ」


品性もない下劣な言い方です、これはわたくしに未来はないと判断致しました。

わたくしは、足を退けた瞬間に飛び去ってやる!と意気込んでおりましたが、猫(省略)はかっぷり銜えてから主人に渡すことにしたようで、更に状況は悪化しました。

甘噛みかもしれませんが、ぷっすりささっている牙が痛いどころの話ではありません。

なんでもいい、ここから逃げなくては!


「ぴっ」


「あぁ、大丈夫だから暴れるな…怪我は?ないな。…ふぅん、しかし綺麗だなおまえ。どこからきた?」


頑張ったところで、非力な小鳥になにが出来ましょうか。

わたくしはあっさり猫の主人に手渡されてしまいました。

噛んでやろうにも分厚いグローブに阻まれ、全く意に介す様子はありません。

それどころか、羽を広げて検分し始めたではありませんか!


やめてエッチ!ドスケベ!破廉恥ー!


そんな心のうちは人間に届くわけもなく、おまけにこちらの大暴れもなんのその。

じっくりたっぷりお尻まで舐め回すように確認されてしまいました。

攻撃が緩んだ頃には心身共にぐったりであります。

もうお嫁にいけない…。


人間はおとなしくなったと見たのか、片手で事足りる体格のわたくしを掌に座らせ、くりくりと撫でまわし始めました。

これがなんともきもちが良くて暴れる気が失せてしまいます。


「おとなしくなったな」


「くるる…」


目を細めてしまう程度には気持ちが良いです。

なにやらテクニシャンに捕まってしまった様子。

撫でられながら、それでも機会を伺おうとちらっとよそ見した方向に、お猫さまがいらっしゃいました。

思わず目を逸らしましたが、次逃げた瞬間に餌決定のようだと知った為、どうなるかはわかりませんが、ひとまず大人しくしておくことに致しました。

人間はすっかり逃げる様子を無くしたわたくしを見ると、片方の掌に乗せたまま、覆っていたもう片方の手を外しました。

囲いがなくなり、枷はないも同然。

逃げられる?思わずきょとんとしてしまったわたくしに、人間はまるで意思疎通が可能だと思っている様子で話しかけてきました。


「ラタが乱暴をした。すまない。

 体は大丈夫なようだから、帰っていいぞ」


そう言われて、寸の間、考えました。

帰ったところで居場所はないのです。

これから生きていく場所を探すことになりますが、生まれてからずっと群れの中で育ってきたわたくしです。

たった一人になることを考えただけで、心臓がきゅっと縮むように痛みました。

人間はせっかく囲いを外したのに去る気配のないわたくしを見て、また優しく撫でてきます。


「どうした?しょんぼりしてるな。帰る場所がないのか」


「くる…」


応える声までしょぼくれたものになってしまいました。

しばしの沈黙の後、人間は大きな手でまたわたくしの羽を何度か撫でたあと、わたくしと目線を合わせ、こんなことを言いました。


「…じゃあ、連れ帰ってもいいか」


「ぴ?」


「ぐる?」


二度目のきょとんです。

おまけにいつの間にか足元で寝転がっていたお猫様までびっくりしたように人間を見つめております。

…お猫様は人間の言葉がわかるのでしょうか、そうでなければこんなことで反応はしないはず。

わたくしは人間の言葉にも、お猫様の反応にも戸惑いつつ、きょとりと首を傾げました。


「うちに来い。今日からおまえはシファと呼ぼう。シファ、ラタだ。俺の相棒」


なにやら決定事項になったようです。

流れるように足元のお猫様の鼻先に持っていかれ、先程のことがあったせいで内心びびりまくりでしたが、お猫様は寸の間わたくしの匂いを嗅いだあと、まるで挨拶をするかのように軽く舐めてきました。

お猫様改めラタには認めてもらえたようです。

少し考えた結果、まんざらでもないような気分だったので、わたくしはただ、指に頭を擦り付けることで了承の意を伝えたのでございました。


こうしてわたくしは、人間の世界へと舞い戻ることになりました。


後に知ったことは、わたくしを連れ帰った人間は、人間社会でも高位の貴族であるマリアテレス家の二男であるということ。

そしてこの世界の人属は多様な種に分かれていて、自身の知る純粋な人間が既に数少ないこと。

マリアテレス家は王族の縁者であり、かつ彼らの祖は竜である為、血は随分薄くなりはしてもその力はとても強いこと。

更にわたくしの生前の記憶になかった、魔法というものがこの世界には浸透していること。


なにやら人の世に戻った気でいたのですが、実際は世界が違うと知ったときはわたくしの内心が修羅場でございました。

信じられませんが、いわゆる異世界転生というものをしたのでしょう。

受け入れるまでに暫し時間が必要でしたが、主となった男に手厚く庇護された結果、そう深刻に考え込まずに済みました。

その点では感謝してもしきれません。

恩返しのため、わたくしは夜毎請われるたび、主のお側で歌っております。

夢見鳥という名は、わたくしたちの歌を聞くと良い夢が見られることからついたのだそうです。


我が主となった男の名は、ファルディアというそうです。

正式名称はとっても長いので、一度教えてもらいましたが覚える気がなく、忘れてしまいました。

内心では(あるじ)としかお呼びしておりませんので、この小さい脳みそでは忘れてしまっても致し方ありますまい。

そもそもこちらが理解しているかどうかなんて、わかるわけもないのですから、何でも構わないのです。


わたくしは主のお部屋で自由に過ごすことを許され、普段はそこで生活しております。

野生で育ったわたくしがマリアテレス家にて生きていくことになった経緯とは、こういうものでございました。

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