月下美人の咲いた夜
群青色の夜に飾られた、少し欠けた月。
柔らかな光の粒子が、降り注いでくる。
けれど、蕾は固く閉ざされたまま、開いてはくれない。
このまま、咲かずに終わってしまうのだろうか。
今年も、また・・・。
毎晩、毎晩、祈るように月を見上げる。
―――月に祈りを。
三年前―――。
「そんな訳・・・ないだろ・・。」
僕は天から一気に、地獄へ叩き落とされた。
そんな・・・。
何かの間違いだ。
「・・・本当なの。」
目を伏せ、淋しそうに彼女はゆっくりと頭を振る。
僕は頭の中が真っ白になって、彼女の言葉を巧く処理出来ないでいた。
受け入れ難い、事実を突き付けられた時、心がそれを拒む。
解るはずの言葉が、理解出来ない。
「私は・・・」
彼女は静かに、言葉を紡ぐ。
「後・・・」
云うな!
僕は、耳を両手できつく塞いだ。
その音を聞く為に、鼓膜が震えないように。
決して受け入れないように。
その言葉が、消えてしまうように。
「聞いて・・ちゃんと、受け入れて。」
彼女は、耳を塞いだ僕の手に、その白い手を重ねる。
震えながら・・・。
僕は力なく、項垂れる。
今度は、きつく唇を噛み締める。
そうでもしないと、叫びだしてしまいそうで。
彼女は、また、ゆっくりとした口調で、先を続ける。
「長くとも、・・・三ヶ月は、無理だろうって。」
ああ。
聞いてしまった。
彼女は生きられないのだ。
夏までは・・・。
静かな夜だったね。
今日みたいに、少し欠けた月が見えたね。
ベッドに、力なく横たわる君にも見えただろ?
あれから、三度目の夏だよ。
なあ、約束したじゃないか。君は。
君が大事に育てていた、月下美人が咲いたら・・・。
『私は、貴方に会いに行く』
―――月に祈りを。
やがて、月が中天に差し掛かる頃。
僕の目の前で、月の命を注がれて、大輪の皓い花が咲いた。
ゆっくりと、微笑むように。
三度目の夏の奇跡。
月下美人の咲いた夜。
―――逢いたかったよ。