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エンドの後のハッピーエンド

作者: にのち

 ……そして。

 悪のドラゴンは滅ぼされ、国に平和が戻りました。

 助けてもらった魔法使いはお礼として、二人に魔法をかけました。

 ロボット王子アルバートには本物の心を、吸血鬼ライラック姫には血を吸わなくてもいい体をあげたのです。

 二人は皆に祝福されながら、お城で盛大な結婚式を挙げて、末永く幸せに暮らしました。


 + + +


「めでたしめでたし……ふんっ」

 ライラは埃にまみれた城の書庫に似合わないほど、気品たっぷりに鼻を鳴らした。

 背中まで伸びる黒髪は薄暗い書庫の中でも光沢があり、血のように赤い唇の奥には鋭い牙が眠っている。

 落ち着いた深い青のドレスを身にまとい、気高い雰囲気を醸し出している。

「何をお怒りですか、ライラック姫」

 何処からか声が聞こえたかと思うと、ライラの影からにゅっとメイド姿の女性が現れた。

 黒のロングスカートにエプロンドレスを身に付け、初めからそこにいたかのような顔をしている。

 ライラも特に驚く素振りなど見せず、面倒臭そうに口を開く。

「ライラでいいわ」

「いけません、ライラック姫の気品は『ック』の部分にあると思うのです」

「……そうかしら」

「キャサリンの可愛さが『リン』に含まれているようなものです」

「そうね、キャシー。お黙り」

 残念そうに肩を落とすキャシーを見て、ライラは溜息を零しながら、読んでいた本を彼女へ突きつけた。

 キャシーが本を受け取る。表紙はぼろぼろだったが、かろうじて中身は読み取ることができた。

「これは姫と王子の出会いが書かれた物語ですね」

「どう思う?」

「ハッピーエンドでよろしいかと」

「私が生きてるのに、勝手にエンドを迎えないでほしいわ」

 物語と現実を織り交ぜた屁理屈だとはわかっていたが、ライラは何かに当たり散らしたくて仕方がなかった。

 そして、それは必然的にキャシーへ向かう。彼女はライラの影に住んでおり、呼びつければすぐに出てくるからだ。

 キャシーは不機嫌さを隠さないライラをなだめるように言った。

「ライラ姫。あと、数日もすれば約三千回目の結婚記念日ですよ」

「……そう」

「やはり、アルバート王子が亡くなられたことで心を乱しておられるのですか?」

 ライラはむぅと唸りながら口を尖らせたが、話を振ったのは自分なので文句を口にすることはしなかった。

 ただ、黙っているわけにもいかず、キャシーの言葉を正した。

「正確に言うなら壊れた、ね。ガタが来てたし、寿命だったのよ」

 現在、城の玉座にはうなだれるアルバート王子が座らされている。

 ライラはアルバートが生前、人間なら火葬か土葬だよなぁ、と呟いたのを耳にしていた。

 しかし、腐らないものを燃やしたり埋めたりするのは気分的によろしくなくて、何となく放置したままになっている。

「まさか、今更壊れるとはねぇ……」

「お寂しいのですか?」

「まーね。国も滅んで土地も荒れた今、この辺りには私たちしかいないもの」

「いえ、数年前から度々、ヴァンパイアハンターが訪れますよ」

「初耳ね」

「勝手ながら追い払っておきました」

「次は教えて。暇つぶしくらいにはなるかもしれない……」

 寂しいというより虚しいのだ。

 ライラは数千年をアルバートとともに生きた。

 その日々は辛いこともあったが、幸せなこともあった。

 今となっては辛いことなんて忘れてしまい、幸せなことしか思い出すことができない。

「末永く幸せに暮らしたけど、めでたしめでたしなんて言えないわね」

 物憂げなライラに何と声をかけていいか、キャシーは困り顔で目をそらした。

「……ライラ姫は人生の大半を幸せに過ごしたではありませんか」

「ここに来て不幸せだけどねー」

「それを言ってしまえば、人間たちだって大事な人を先に失ったり、自らも老いて死にます。長生きのライラ姫はそれだけで幸せですよ」

「じゃあ、私も含めて全人類総バッドエンドなのね。あ、アルバートもだわ」

 さぞかし悪役が喜ぶわ、と力なく微笑む。

 つまり、愚痴を言いたいだけなのだ。長く生きすぎて、素直に嘆くこともできなくなったので、冗談めかして泣きごとを漏らしたいだけなのだ。

 あまりにも不甲斐ないライラの態度にカチンと来たのか、キャシーは語気を強めて言った。

「いいですか、ライラ姫」

「……何よ」

「貴方が求めていたのはハッピーエンドどころかバッドエンドですらありません。ネバーエンドです」

「……ただの言葉遊びじゃない」

「その言葉遊びを現実に求めたのが貴方ですよ。本気で末永く幸せに暮らせるとでも思っていたのですか?」

 次はライラがカチンと来る番だった。

 しかし、長く生きた余裕と自ら引き起こした説教タイムなので、一度くらいは我慢しようと努める。

 ただ、根っからの我が侭で強気な性格ゆえに、口を閉じて大人しくしているというのは無理だった。

「じゃあ、おとぎ話のお姫様はどうなのよ」

「シンデレラに続きなんてありません。末永く幸せに暮らしたところで終わりです」

「え、続編なかった?」

「……まぁ、続編があったとしても幸せのうちに終わってるでしょう」

 いつも凛々しい表情のキャシーが珍しく苦々しげな顔をしたので、ライラの苛々は引っ込んでしまった。

「何よ、続編はどうなったのよ?」

「だから、2なんてありません」

「誰も2だなんて安直な続きがあるなんて言ってないじゃない……」

 はぐらかされてしまったライラはキャシーに言われたことを改めて考える。永遠に変わらない生活を求めていたという指摘は正しい。

 荒廃した城にしがみついているのはライラの我が侭で、アルバートの扱いを決めかねているのもライラの我が侭だ。

 ここらで終わることを考えてもいいのかもしれない。それなら、ハッピーエンドの方がいい。

「キャシー、お墓を建てるのに良さそうな場所を探しといて」

「急に何ですか」

「これからはハッピーエンドを目指すことにするわ。だから、まずはアルバートのことにけりをつけなくちゃね」

 キャシーは目をぱちくりとさせていたが、すぐに涼しげな顔で了承した。ただ、口元だけは嬉しさが垣間見えた。

「プライドを忘れてはライラ姫らしくありませんよ」

「ありがと。だけど、アルバートはこれで幸せだったのかしら」

「壊れるギリギリまでライラ姫とともにあり、人間らしい最期を迎えられる。アルバート王子もさぞお喜びのことでしょう」

「死んでるから気持ちまでは断定できないわね」

 ライラの微笑みからは自嘲染みた乾きが消え去り、かつての自信に満ち溢れた雰囲気を取り戻していた。

「ライラ姫はどのようなハッピーエンドを目指すおつもりで?」

「……うーん、死んでもハッピー! なんてラスト、これまでに存在したのかしら」

 ライラの長年の経験からしてもパッとは思いつかない。キャシーに目を向けたが、首を横に振った。

「ゆっくりお考え下さいな。私は小高い丘か海沿いの崖を探してきますので」

「えぇ……って待った! ちょ、ちょっと、墓地探しはいいけど、安直じゃない?」

 考え込んでいたライラが思わずツッコミを入れたとき、キャシーは既に影の中に消えていた。

 ふぅ、と一息ついて、ライラは思いつく。

 アルバートの顔を見ながら考えることにしよう。埋葬すれば思い出の中でしか会えないのだから。

 そう決めて歩き出したとき、出かけたばかりのキャシーがすぐに戻ってきた。

「あら、どうしたの?」

「ヴァンパイアハンターがいましたけど、追い払いますか?」

 キャシーは先程の会話の中でした頼みを律義に実行していた。

 そのとき、ライラの頭に一つのハッピーエンドが浮かんだ。

「そうだ。戦いの中で敗れて、満足して逝く……って素敵じゃない?」

「えっ、ライラ姫がですか!?」

「それなら私も一片の悔いがないわ! 行ってくる!」

「ちょっと、待って、姫っ!」

 キャシーの声も聞かずに、全速力で大広間を突っ切って、城門に飛び出した。

 姫の身を案じたのかもしれないが、ライラも簡単に負けるつもりはない。

 死闘の果てに敗れてこそ、吸血姫の末路に相応しいというものだ。

 やがて、一人の人間を見つけた。何やら物々しい武装をしており、ライラを目にして驚いている。

「ごきげんよう。本日は私がお相手するわ」

 妖艶で甘ったるい声に殺意を練り込む。

 その声で人間は戦意を剥き出しにして、鞭を手にした。

「ごめんなさいね、影が相手ではつまらなかったでしょう?」

 人間はライラの問いかけには答えず、静かに、動き出すタイミングを探っている。

 普段なら怒りを募らせたであろうライラだったが、流石に久しい客人の前では冷静さを欠くことはなかった。

「私、ハッピーエンドを目指すことにしたの」

 ライラが微笑む。その友好的な笑みは、捉えようによっては残虐さの象徴にも見えた。

 人間は焦りと恐怖に支配されながらも鞭を放ち、ライラの右腕を捉える。

 しかし、ライラには痛くも痒くもなく、邪魔だったので左手で引きちぎった。

 人間が驚愕の声を上げる。

 そういえば、とライラは約三千年前を思い出す。血を吸わなくてもよくなった頃から、日差しもそれほど苦痛ではなくなったし、吸血鬼的な要素は薄れていた。

 力も弱まったと思っていたが、それでも人間よりは強かった。

「できれば、幸せに殺してくれると嬉しいのだけど……」

 こいつは期待できそうにない。ライラはがっかりした。

 この人間はライラ姫が、悪のドラゴンにとどめを刺した張本人で、末永く幸せに暮らしてきただけの吸血鬼のお姫様と知って来たのか。

 ネバーエンドは幻想だったが、ハッピーエンドも簡単には迎えられそうになかった。

「残念だけど、今日のところは」

 瞬く間に距離を詰めると、加減なしで相手の身体を突き飛ばした。

 何度か跳ねるように転がって、もう起き上がることはなかった。

 キャシーが背後に立っている気配を感じて、ライラは振り返る。悲痛な表情を浮かべるキャシーに、楽しげに、悲しげに、一言。

「ハッピーエンドお断りよ」

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