偽りの始まり
近づいてみると、なかなかに薄暗い森だった。
まだ夕方前だと言うのに、森の奥を見ることはできなかった。
「ここ...こんなに暗かったっけ?」
イアは一瞬、逃げたい衝動にかられたが、ここまできたんだ。何もしないわけにはいかない。
それに、雷雨は言った。
イアのことが心配だと。
(雷雨に、迷惑かけちゃいけない)
雷雨の枷であってはいけない。
無駄な心配をかけてはいけない。
強くならなくちゃ。
「......よし!」
イアは気合いを入れ直し、森の中へと足を運んだ。
森の中は、薄気味悪かった。ひんやりとした空気がイアの肌を撫でる。思わず身震いした。
だが、イアが感じていたあの異様な空気は感じない。ただ寒いだけだ。
(見間違い...だったのかな)
まさか早とちりだったか?
そう思ったイアが、脱力を覚え立ち止まりかけた、ちょうどその時----。
「......ん?」
微かに、イアの側を何かの気配がすり抜けて行った。
しかしそれは、決して警戒を持つ気配ではない。
イアが、何度も感じていたあの感じ。
「今の......プルフルの?」
確かにそれを、感じた。ずっとほぼ毎日その気配を追っかけているのだ。間違うわけがない。
(やっぱり、来てよかった!)
さっきまで感じなかった気配があるから、もうこちらのもの。どこへ向かうかは明白だ。
イアはそのまま、森の奥へと走り出す。
辺りをキョロキョロと見回しながら走っていると、近くの茂みからガサガサと言う音がした。
イアがはっとすると、そこには----。
「プルフル!!」
案の定、白くてモフモフしたやつがいた。
イアはプルフルに駆け寄る。
「よかった、無事だったんだね」
イアが声をかけると、プルフルは嬉しそうに目を細めていた。
イアは安堵の息をもらし、プルフルにそっと手を伸ばす。
すると突然、プルフルがイアの手をすり抜けて、森の奥へと入って行ってしまった。
「ちょっ!?そっちはダメ!!」
イアの声も届かなかったのか、プルフルは森の中へと入っていく。
「ダメだってば!!プルフル!!」
慌てたイアが、急いでプルフルのあとを追いかける。
一向に縮まらない距離に、イアに次第に焦りが浮かぶ。
(.........なんか、おかしい気がする...っ)
自分の脚力で、プルフルに追い付けないわけがないのに。どうして差が縮まらない?
「ねぇ...待ってってば...!!」
イアが最後の力を振り絞って叫んだ瞬間----。
ふっと、足の力が抜けた。
(え......)
徐々に視界が下がっていく。
このままでは倒れてしまう。
そう頭が認識していても、イアが再度体制を立て直すことはできなかった。
ドサッと、自分の体が倒れる音がした。
(なん...で...)
目を開けることができなくなっていく。
どうして急にこんなことが--------。
その言葉は、イアの意識と共に闇の中へと葬り去られたのだった--------。