歪みはじめの歯車
あの日以来、イアはほたると多くの時間を過ごすようになっていた。
お昼を食べるのも、教室移動の際も、帰るギリギリまではほたると一緒にいる。
少し控えめだが、イアの話をしっかり聞いてくれるし、時にいろんなことを教えてくれる。
いつしかイアは、ほたると親友の関係を結んだ。
いつかは天空界に帰らないといけない身。
本当は、あまり誰かと親しくなりすぎない方がいいのかもしれない。でも、それでも今、ここにいるイアはあくまで人間の女子高生。
せめて、イアが人間でいられる間だけは----。
そんなある日のことだった。
帰り道、ほたると別れいつもの並木道を歩いているときのことだった。
「おい、イア」
突然背後から声をかけられる。
イアはそっと振りかえる。粗方予想はついていた。
「どうしたの?雷雨」
案の定、そこに立っていたのは雷雨だった。
呼び止められ、振り返ったはいいが、雷雨は何も言わない。
「雷雨......?」
何やら言いにくそうだったが、雷雨はやがて諦めたようにそっと口を開いた。
「イア、お願いがあるんだ」
「お願い?」
雷雨が願い事だなんて珍しい。
しかし、そんな雷雨だからこそ、イアはちゃんと緊迫したその空気を感じ取っていた。
また言葉をつまらせた雷雨だったが、さっきよりもスムーズに言葉がでた。
「イア、お願いだ--------紅島ほたるに、あまり近づかないでくれ」
「.........え?」
一瞬、幻聴かと思った。
「今、何て...」
「紅島ほたるに、近づくな」
今度ははっきりと、雷雨は告げた。
が、イアにとっては絶対に納得のいかない言葉だった。
「意味、わかんない...っ!なんで、雷雨にそんなこと言われなきゃいけないの!?第一、どうしてほたるちゃんが!」
「あんま詳しくはわかんねぇが、こう...何かありそうなんだよ」
「何かって何よ!根拠も何もないくせに!!勝手なこと言わないで!!」
雷雨の言いたいことが、わからないわけではない。自分たちは天使だ。この世界で生きている人間とは違う。いろいろな場所で警戒心を、持つことはむしろ当たり前のことなんだ。
だからこそきっと、雷雨はこういいたいのだろう。
ほたるが、何か隠しているのではないか?
そういいたいのだろう。
だが----
「もとも子もない話しないで!雷雨だって知ってるでしょ!ほたるちゃんは、私の大事な友達よ!親友よ!!」
「そうかもしれないけどな!何かあってからじゃおせぇんだよ!!」
「何かって何よ!?て言うか、忘れてない?私だって天使よ!何か隠してるんだったら、自分でなんとかできる!バカにしないで!」
2人の間で、激しい激論が繰り広げられる。
イアの言葉を最後に、2人は黙りこくってしまった。
イアはずっと納得のいかないと言う顔をしていた。
雷雨は、苦しげに眉を下げていた。
「誰も...お前のことバカになんてしてない」
「だったら...っ!」
「だだ一心に、心配しちゃ、ダメなのかよ...」
思いがけない一言に、イアは一瞬言葉を無くした。
「何か会ってからじゃ遅いって言っただろ...。イアが心配なんだよ...」
低く、呻くような声に、イアは今度こそ何も言えなくなってしまった。
こんな雷雨、初めて見た。
すると突然、雷雨はイアに背を向けた。
「雷雨!!」
「警告はした。後は...お前が決めればいい」
そんな無責任な!
...なんて、言えなかった。
イアはただ、遠ざかっていく背をじっと見つめていた。