緋色の冷たい涙
一瞬、風を切る音がした。
その音に気づいたイアは、そっと目を開く。
そこには----。
1つの、見慣れた背中があった。
イアは大きく目を見開いた。
「雷...雨......?」
イアの目の前には、飛び込んで来たほたるの右手を抑え、イアの前に立ちはだかっている、雷雨の姿があった。
「今だ!取り押さえろ!!」
雷雨の声にはっとした時にはすでに、ほたるのことを取り押さえる何人かの天使の姿があった。
「まっ......!!」
ほたるに駆け寄ろうとしたイアの手はがっちりとミカエラに捕まれていた。
取り押さえられたほたるは、無抵抗だった。
それからの状況は、イアは見ていることしかできなかった。一切抵抗しなかったほたるは、そのまま天使に連れられ、天空界へと連れていかれた。
声をかけることすらできなかった。
ほたるがいなくなったこの場は、恐ろしいほど静かだった。
緊縛した静寂が、辺りを包む。
「お疲れ様だったね、雷雨」
初めて声をあげたのは、意外にも第四者だった。
3人が頭上を見上げると、4人目の天使が舞い降りてきた。
「ガブリエル様...」
「堕天使ほたるの捕獲ごくろう様。それから...」
地面に降り立ったガブリエルは、そのまま地に膝をつく。真っ直ぐ、ミカエラへ向けて。
「ご無事手何よりです、大天使ミカエラ」
「...代理に大天使をしてくれていたんだな。恩に切る、ガブリエル」
「大層なことはしておりません」
「そうか...。にしても、よくここがわかったな」
「雷雨から連絡をもらいましたので」
すると、ミカエラの視線がゆっくりと雷雨に向く。
「お前だったのか、雷雨。なぜわかった? 」
すると雷雨は、なぜか気まずげに視線を少しだけそらして言った。
「この森から、邪悪な気配と.........よく知った、気配がしたので。先に応援を呼んでおいたをです」
ミカエラはゆったりち微笑んで、「懸命な判断だったね」と言った。
「とりあえず問題は1段階終了した。だがまだ終わったわけじゃない。俺は1度天空界ひ行く。.........イア、雷雨。お前たちもあとからこい」
「はい」
「イア...返事は?」
「.........はい」
イアは小さな声でやっとそう返した。
ミカエラはガブリエルを引き連れて、一足先に天空界へち帰って行った。
残された雷雨とイア。長い沈黙が続く。
が、先にその静寂を壊したのは雷雨だった。
「.........怪我は?」
「......ない」
「お前...何で俺に何も言わなかった?いくら気まずいことになってたからって、1人でこんなところにくるなんて...」
「...ごめんなさい」
「別に、謝ってほしいわけじゃない。俺はただ----」
雷雨が少しあきれたよような口調でイアに話かける。が----。
「.........イア?」
雷雨の言葉が、それ以上続くことはなかった。
雷雨の瞳が徐々に見開かれる。
イアは、大粒の涙を流していた。
「ごめ...な、さ...っ!」
「イア...!ちょ、泣くなよ!んな怖かったのか?」
「違っ...!」
「じゃあ何で----」
「信じ......たかった...っ!」
その瞬間、雷雨ははっとした。
「イア......」
「信じてた...!ほたるちゃんは、そんなとこしないって...!親友だって、信じたかった...!全部夢だって...思いたかった...!!」
イアは何度も何度も涙をぬぐう。けれど、涙は止めどなく流れていく。
雷雨は初めて、イアの心の傷を知った。
天使だからじゃない。イアはたった1人の人として、神埼イアとして----。
心から大好きだったのだ。親友のことが。
「でも、ダメだった...!間違ってた。私の勝手な思い込みで、勝手なことして......みんなに、迷惑しかかけられなかった。誰の役にも...たてなかった...!!」
「......お前は、間違ってないだろ」
雷雨はそっとイアに手を伸ばした。
そしてそのまま、そっと自身のもとへ抱き寄せた。
「お前は間違ってない。何も、間違ってなんかない...」
「う...っ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
イアは、これでもかと言うほど、雷雨の胸で泣いた。
暗い森に、緋色の光が差し込み、イアと雷雨を照らしていた。
暖かい光の中で、イアは冷たい涙を流した。




