悲劇。堕ちた天使の末をみよ
時が止まってしまったかのような錯覚に陥った。
そうた。このまま時が止まってくれればいいんだ。
あの頃に戻りたい。楽しかったあのころに。
何も知らなかったあのころにーーー
こんなことになるならいっそ!
偽りの中を生きているほうがましだった!!
目の前にある光景が信じられなかった。
「君もこりないね。そろそろ諦めたら?」
やめて、ミカエラ様。そんな怖い声をするのは。
だってあの子は---- 。
「諦める?バカなこと言わないで」
イアの頭に衝撃が走った。
「ほ、たる...ちゃん」
イアはやっとのことで声を絞り出した。
すると、ゆっくりと、ほたるの視線がこちらに向く。そこには、いつもの笑顔も、いつもの優しさもなかった。
イアの知っているほたるは、ここにはいなかった。
「聞いてよイアちゃん。ミカエラ様ったらあたしのこと、なかなか天使にしてくれないんだからー」
「え......?」
イアは眉を寄せた。
「天使に、なる...?」
「そー。ミカエラ様から力を分けてもらえれば、あたしは晴れて天使になれる。でもミカエラ様は、いくら待ってもあたしを天使にしてくれない...。ううん。ミカエラ様は----」
浮かべたほたるの笑顔が、怪しく光る。
「ミカエラ様は、あたしを天使に戻してくれないの」
「.........それって...っ!!」
はたから聞けば、あまり理解できない言葉かもしれない。でも、天使であるイアには、その意味がすぐのわかった。
イアは、目の前にだっているミカエラを、見つめた。
「ミカエラ様...っ!」
「......あんまり、言いたくはなかったんだけどね。俺たちの天空界に、『堕落』した天使がいるだなんてね」
ミカエラの言葉に、イアは強く唇を噛み締めた。
やっぱり、そうだったのか----。
天使とは、大天使に使える健全な魂の持ち主。
もしも人間界で天使が騒ぎや罪を犯してしまった場合、その天使は2度と天空界へ帰ることは許されない。
イアたち天使は、そのようになった天使のことを『堕天使』と呼ぶ。
罪深き、『堕落者』。
「じゃあ...ほたるちゃんは、もともと天使だったんだね...」
「そーよ。でも、ちょっと悪いことしちゃっただけで堕落扱い。ひどくない?」
「ひどいも何も、それか私たちのルールでしょう!?」
イアの叫びを、ほたるは鬱陶しそうに聞いていた。
「それが私たちの掟だもの!掟を破る者は、どんなにそれが些細でも堕落する!それは、天使なら、ほたるちゃんだってわかってたでしょう!?」
「知らないわよ、そんなこと」
「な......っ!?」
イアは唖然とした。ほたるのその鬱陶しげな表情を見て、イアの頭にかっと血が昇る。
イアがほたるに啖呵を切ろうとした瞬間、その腕をがっと捕まれた。
「ミカエラ様...」
「熱くなる必要ないよ、イア。こいつはこう言うやつなんだ」
イアはぐっと押し黙る。
ミカエラのことも、ほたるのことも見ることができなくて、イアはそっとうつむいた。
そんなとき、イアの耳にふと聞こえた言葉。
「やっぱり...追放するだけで止めるべきじゃなかったみたいだ」
「...!!」
イアは、その意味を知っていた。
「ミカエラ様...っ!!」
「あたしのこと、殺すの?」
わかりきっていると言わんばかりのほたるの声色に、イアはたまらず叫んだ。
「待ってください!!確かに...確かに、今の話だけ聞いててもわかります!ほたるちゃんが、どれだけのことをしてきたのか...」
「イア...?」
「でも...でも、それでも!!きっと根は、優しい子のはずなんです!!」
イアの言葉に、ミカエラとほたるは同時に目を見開いた。
「イア、何を...!」
「だって...優しかったんですもん...!例え私を騙していたとしても、あのときのほたるちゃんは優しかった!!あれが全部嘘だったなんて!私はそう思えないんです!!」
「ふざけたことを...っ!!」
そう言ったのは、ミカエラではなかった。
イアが視線をあげると、イアのことを恐ろしい形相で見つめているほたると目があった。
「勝手なこと言わないで!!私が優しかった?笑わせないで!!全部あんたを利用するためよ!!わかってんの!?」
「だとしても!!それでも、どこかにあなたの本音があった!私はそう信じてる!!あのときのほたるちゃんを信じてるよ!!」
ほたるはギリっと奥歯を噛み締めていた。
だが、即座に言い返してはこない。
それはつまり----。
「ねぇ...まだ、間に合うんじゃないかなぁ...?ほたるちゃんが、望むならまだ...戻れるんじゃないかなぁ...?」
「バカなこと言わないでってば!!無理に決まってるでしょ!?いまさらそんな!!」
「でも、人は変われるよ...?」
イアの言葉に、ほたるの心がはっきりと動いた。
イアは最後の望みを、託した。
「勝手な言い分かもしれない。でも...人がまた新たに変われるように、天使だって変われるよ。全部全部、ほたるちゃん次第なんだよ...?」
イアの言葉に、ほたるは何も言わない。
ただ、握りしめた拳が震えているのがわかった。
イアは待った。ほたるの選択を。
ただじっと、待ち続けて--------。
「............な」
「え...?」
「勝手なこと....言うなぁぁぁぁぁぁ!!」
顔をあげたほたるは、右手を振り上げてイアへ突進してきた。
いつのまにかその右手には、鋭利な刃が握られていた。
「イア----っっ!!!」
予想外の展開に、イアも反応が遅れた。ミカエラの手の届く場所にもいない。
イアは、鈍く光る刃を見つめ--------。
そっと、目を閉じた。




