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 学校ではもちろん先生と生徒という関係だが、二人きりの時は学校だろうと恋人同士に。学校での逢瀬は決まって朔夜と二人きりになれる、現在は彼専用となっている数学第二室だ。恋人同士の逢瀬ということで、必然的に彩香の足が前よりも頻繁に赴く。すると当たり前だが、友人には疑問に思われる。

「どうしたの、あんた最近よく数学室行くじゃない」

「……別に。留年したくないだけ」

 ある意味もっともな、現実味を帯びた理由に友人もあっさりと納得する。嘘をつきなれていないため、表情から嘘がバレないようにと俯いているのもより真実味を増す要因となったのだろう。

「まぁ、確かにヤバイもんね。頑張れ~。私もそろそろ、ちょっとはガンバラナイト、ネ」

「なんでカタコトなのよ」

「だってぇ~やる気でないんだもん~~」

 そんな相変わらずな友人を放っておいて、さっさと数学室に向かう。


「失礼します」

 そう言ってドアを開けると、棚の前でファイルを見ている彼がいた。

「ああ、今日も来てくれたのか。熱心だな」

 そう言い笑顔で彼女を迎えたのは、偽の恋人となっている朔夜だ。しかし彼は相変わらずビン底メガネをかけ、髪の毛もくくり切れていない髪がはねて教師にしては暗く、変人という印象を少なからず与える容貌だ。

「ちょっと待っててくれ。これを片づけたら始めるから」

「は~い」

 数学室で逢瀬を交わすとは言っても、甘いことなど一切ない。一対一での数学の補習を行っているだけ。特別数学が好きなわけでもないし、どちらかというと大っ嫌いな科目で。でも一度だけ、朔夜の授業を受けた時だけはわかりやすくて、理解できたということを話すと。「じゃあ、個別に教えてあげようか?」と、朔夜から提案され。それからは訪れるたびに彩香と朔夜は彼の手作りのテキストとにらめっこしているのだ。

「ここわかんない」

「どれどれ……ああ、ここはこっちの公式を入れてみるといい」

 いきなり一人でできるわけもないので、わからないときはどの公式を使うのかまでは教えてくれる。もっとできるようになってきたら、公式も教えないと公言されている。

 しばらく無言の時間が流れる。周囲に響くのは、朔夜が紙やファイルを捲る音と彩香のシャーペンが走る音。そして廊下や外から聞こえてくる生徒たちの声だけ。


「……君は、どうして髪を染めているんだ?」

「――え? 変、かな?」

 補習中、突然投げかけられた突飛な質問。彩香は驚きつつも、質問に問い返す。

「……いや、変ではない。俺の考え…になるが、黒髪の方が似合うんじゃないか、と」

「……」

「い、いや、すまない。こんな一介の教師の言うことは無視してくれ。君の好みもあるだろうし、そのままでも十分似合っている」

 なんとなく気まずい空気の中、今日の目標個所までとりあえず終わらした。

「先生も、その前髪を上げるだけで随分格好よくなると思うのになぁ……」

 ぽつり、と。小さな声で、彩香は囁いた。

 恋人らしいことをするわけでもない。ただ、二人っきりの空間で静かに勉強をしたり偶に何気ない話をしたりする程度。それでも確実に、彩香の心は変化していっていた。


        *


 翌日。

「……どうしたの、その髪」

「え? 変?」

「いや、変というか……いったいどんな心境の変化?」

 沙耶(さや)は真っ黒に染め直した彩香の背中に流れるストレートの長髪をみて、驚き…というよりかは、疑惑を持った視線を投げかける。

「――別に、なんとなくもう茶髪には飽きたって思って」

「ふーん……」

「な、何よ」

「別に~~」

 どう見ても別に、とは言えないにやにやした沙耶の顔つきと口調から逃げるように教室を出た。向かう先は決まっている。

「失礼します」

 いつも通り今日も数学室の扉を叩き、中に入ると資料に目を落としながらぶつぶつと何かを呟いている姿が目に入った。

「――ああ、君か。すまないが今日は……」

 そう言いながら朔夜は手にしている資料に目を落としたまま振り返り、目線だけを今入ってきた彩香を視界に捉えると絶句した。バラバラと資料が床に散らばる。

「……」

 しばしの間、二人の間に沈黙が落ちた。

 気まずい沈黙に耐えかねた彩香が、先に口を開いた。

「あ、あの……先生?」

「! はっ、あ、い、いや……す、すまない」

 何処か挙動不審なのはどうしてなのか、彩香にはわからずキョトンとしている。朔夜は一人で慌てて、焦って、目が泳いでいる。そんなことを三分ほど続けた後。まるで命でも差し出そうとしているのか、と思うほど真剣な顔で彩香に向き合った。そして紡がれた言葉は彩香の思考回路を一瞬で奪うほどの威力を持っていた。

「――見違えたよ。どこぞの女優かと思ってしまった」

「!?」

 そこでモデル、と言わない辺りが朔夜らしいというか。素で言っているのだと、わかってしまう。

「――え?」

 茫然とした表情で聞き返す彩香に、朔夜は耳どころか首まで真っ赤にしたまま。もう一度、言った。

「綺麗だ」

「――っ!」

 はっきりと言葉にされ、彩香はこれ以上ないというぐらいに顔を真っ赤にしてただただドキドキする心が落ち着くまで俯くことしかできなかった。





 恋人らしいことなんてしたことない。

 甘ったるい空気もない。

 それでも時折見せられる笑顔に、いつのまにか魅せられ。

 確実に惹かれていく自分がいた。

 何もない時間が、これほど幸せをつくるなんて今まで知らなかった。





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