表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

プロローグ


 冷たい風が、微かな頬の熱をかすめてく。

「……寒」

 自分の吐いた息で、両手をこすって温める。街はイルミネーションも少なくなり、裸の街路樹が街灯に照らされている。ほんの、二、三か月前まではクリスマスや新年のお祝いムードに包まれて、皆どこか浮き足立っていた。街路樹に散らばった数多の星粒が、燦然と輝いて夜を照らしていたのに。

厚い灰色の雲が広がる空には、時折吹く風に乗って流れて行く桜の花弁(かべん)。さわさわと何処までも遠くに流れては舞い落ち、小さく淡い足跡を残してゆく。

「もう、桜が咲く季節なんだ……」

 ふと見上げた視界に舞い込んできた、まるで迷子の様な小さな(はな)びら。そっと手を伸ばして止めていれば、風に乗ってふわりと重さを感じさせずに小さな花片が乗ってきた。

 三月中旬。ここ最近暖かかったため、桜の蕾はほころび一房、二房と開花をみせていた。でも、今日は急激に冷え込み曇天からは白い雪が降り出した。一陣の強い風が吹き、桜の花びらと雪が解けあう様に舞う。

 何故だか、ふいに涙が込み上げて来た。

「――あ、れ……? どうしたんだろう……」

 手の甲で拭えば、後から生まれた一粒の雫が瞳から頬を伝いおりた。

「これだけのことで泣くなんて……」

 そして小さな花片が再び風に攫われ手の中から離れて行った時。ふと、足元から「にゃあ、」っと。小さな鳴き声がした。

「……どうしたの、迷子?」

 小さなアッシュダーク色の毛並みをした仔猫が人に慣れているのか、はたまた無知なのか、甘えるように私の足にすり寄っていた。しゃがみこんで優しくゆっくりと背を撫でながら問いかければ、仔猫はペロペロと小さな舌で私の指をなめる。ざらついた感触が、少し、くすぐったい。

「……おいで」

 私はその小さな仔猫を抱き上げると、軽い体にふわっと頬をくすぐるさらさらの毛並み。温かい体温が腕から伝わってくる。

 っと、また。風が、吹いた――。

 まだ数えるほどしか開花していない桜たちが風に乗り、またひとひらと、ひらひらと、散っては風に乗ってゆく。花が風に揺れて擦れあう音が、耳を打つ。

「桜、綺麗だね」

 優しく仔猫を抱きながら、視界を埋める曇天と白い雪、散りゆく淡い薄紅を見つめる。

 ――貴方と初めて出逢ったのは、こんな穏やかで優しい季節じゃなかったね。

 もっと寒くて、それでも木の枝の隙間から降り注ぐ陽光は暖かくて。時折吹く風。蒼い空がただただ綺麗だった。

 ――貴方は今、どうしていますか?

 思わず手を伸ばした、バックの中。そこには綺麗に包装された包み。開けて見れば、初めて作った灰色の手編みのマフラー。決して綺麗な出来栄えじゃないけれど……。

 ――どうしたら、渡せたんだろう。

 弱虫で、臆病で、未来に進むことが怖かった。いつか迎える別れに怯えて、後戻りできなくなる前に。そう思っていた。

(……でも、本当にそれで良かったの?)

 繋いでいた手の温もりが、切なく恋しい。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ