金曜日は燃えるゴミの日
明日は燃えるゴミの日だ。私は既に一杯になっているゴミ袋に、古い一通の手紙を入れかけて、やめた。赤と青で縁取りされたエアメール。中の便箋に行儀よく並んだ、類の決して上手とは言えない字を思い浮かべる。予想はしていたが、
(いかん。やっぱり捨てられんー)
という気分になった。
(でも、いつまでも持っていたって、仕方ないじゃないの。とっくに過ぎたことなんだから)
自分を窘めるつもりで呟いた言葉に、少なからず動揺した。檻から脱走する生き物のように、類の笑顔や泣き顔、優しい声が、今だっ、とばかりに胸に溢れ出す。類とはもう、三年も前に別れているというのに。
類とは半年間、一緒に暮らした。その頃類は二十八で、私は十九だった。類は製薬会社に勤める薬剤師で、小柄な体躯の割に筋張った大きな手をしていた。少し垂れ気味の目は三白眼で、飄々とした物言いをする、ポーカーフェイスが服を着て眼鏡をかけたような男だった。低くてじっくりとした、温もりのある声で「ゆきちゃん」と私を呼んだ。
彼は私を可愛がることと傷つけることにおいては天才的に長けていた。
私がお風呂に浸かっているところにいきなり入ってきて、自分の食べていたサンドイッチを私の口に詰め込んできたり(類曰く、あんまりおいしかったからいても立ってもいられなかったそう)、食後の重ねた食器を流しへ運ぶ私を横目にテレビに夢中な類に向かって、もっと労って、と言うと、彼はやおら立ち上がり、キッチンへのドアを開け、得意顔でどうぞ、と言ってきたり(皿を一緒に持って行ったりはしないんだ)。
そんな事をされると、私は類が生まれ持った男の可愛さに、惚れ惚れして息が詰まりそうだった。ー最もそんな日ばかりじゃなかったけれど。
ある日私が古い映画で観たマレーネ・ディートリッヒに憧れ、真っ赤に塗った爪で煙草を弄びながらふかしているのを一瞥した類が、
「馬鹿な子に見えるねぇ」
と言った。私はムッとしながら、
「類はマレーネを知らないの?」
と尋ねた。
「知ってるよ。マレーネに憧れてそんな事してるんだったら、今すぐ止めたほうがいいぜ。ゆきちゃんには、まだ似合わないよ。そんなに丸い頬をして、マレーネなんて…」
私は当時、丸顔を気にする健康な十九歳だったから、自分がみじめで恥ずかしくて、涙目になりながら煙草を灰皿で揉み消した。
類は私のことなど愛していないと、こんな風に度々思い知らされる。その度に私は、
(弱ったところにつけ込んだ罰なのかもしれない)
と感じた。
私は類の昔の恋人と何度か会ったことがあったから、彼女が類よりずっと年上だったことを知っていた。マレーネのように綺麗な足を持つ、頬のこけた大人の女だった。
また、彼女を失った類がひどく傷つき絶望したことを、密かに喜んだ。
確かに私は類の窮地につけ込んだけれど、そうでもしないと類はこっちを見てくれないに決まっていたのだ。
私と類は、従兄弟同士だったから。