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短編集

とある放課後

作者: 緋乃円



 いつものように部活のために音楽室へ行こうと居室を出る。


「先輩!」


 聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、笑顔満面の後輩がこちらへ走ってきている。


 先日、私から告白をした・・・・・・恋人でもあるんだけど。


「廊下は走っちゃダメでしょ、和泉くん」


「すみません!先輩の姿が見えたからつい・・・」


 何だろう、この可愛い純粋な少年は。生意気な弟を持つ身としては、彼の姉であり吹奏楽部副部長の千鶴が羨ましい!!


 そうして二人仲良く歩きながら音楽室を目指していたら、不思議なことに気付く。


「あれ・・・今日はまだ誰も来てないのかな?」


 いつもなら、誰かが来ていて音出しをしているのに、今日は楽器の音が聞こえない。


「そういえばそうですね」


 隣を見上げれば、和泉くんも不思議そうに首をかしげていた。ということは、昨日のミーティングでは何も言っていなかったということだね。


 昨日、私は顧問に呼ばれていたのでミーティングには参加できていない。だから何かあったかは分からない。


 音楽室に着くと、鍵はかかっていなかった。


「なんで誰もいないんだろうね」


「先輩、伝言板に何か書かれてないんですか?」


 そういえば、伝言板が隣の楽器置き場にあったのだった。


 和泉くんの言葉に頷いてから、隣の部屋へと入る。


 案の定、伝言板には副部長である千鶴の字で部長である私に伝言が書かれていた。


「『ごめんなさい』? 和泉くん、これの意味・・・・・・和泉くん!?」


 書かれた言葉の意味が分からずに後ろを振り返ると、近距離に彼の顔があった。


「ど、どうしたの!?てゆうか、近いよ!?」


「恋人なんだからこれくらい許容範囲ですよ」


 半ばパニックになっておたおたしている私とは正反対に、和泉くんは冷静だ。


「い、いつもの純粋さはどこに行ったのっ!?」


「別に。単に純粋な少年を演じるのに飽きたんですよ」


 さらりと、笑顔で衝撃の事実を言ってのけた和泉くんを、思わず私は凝視してしまった。


 ・・・それがいけなかったんだろうか。


「・・・鈍感すぎる先輩のことは、いつも可愛いなって思ってましたけど、今回ばかりはそうも言ってられません」


 なんでため息つくの!? 鈍感って、私そこまで鈍くないよ!


「そうですね、分かってないところも先輩らしいです」


「と、ところで和泉くん。この距離は近すぎると思うんだけど・・・」


 私の精一杯の話題転換に、彼は腹黒い笑みを浮かべてさらに顔を近づけてくる。


「前と同じくらいの距離なのに、どうして”近すぎる”んですか?」


 ひいぃぃぃっ!

 和泉くんがいじめっ子モードになっちゃったよ!?


「で、でででも、私としてはもうちょっと健全な付き合いでも・・・」


 いいんじゃないのかなあ、と続けようとした言葉は和泉くんの行動によって奪われてしまった。


 ・・・一瞬のことだったので、私にはそれが何だったのか、頭がまだ認識していない。


「今が健全で、今までのほうが不健全だったんですよ。それよりも先輩?いつまで固まってるんですか。もう一回してもいいのなら・・・」


「いいいいずみくんっ!?」


 彼の言葉でようやく我に返った私は、彼から逃げるべく後ろへ下がろうとした。


 ・・・すぐ後ろには伝言板があって、更には和泉くんに抱き締められて逃げられなかったよ。


「今日、誰も部室にいないのってどうしてだと思いますか?」


 真っ赤な顔をしてどうやってこの腕から抜け出そうかと回らない頭で考えている私に、和泉くんは可笑しそうに尋ねてきた。


「昨日、先輩がちょうどミーティングにいなかったから、皆にお願い(・・・)して今日は部活を休みにしてもらったんです」


「そ、それって・・・」


 もしかしなくても計画的だったの!?


「はい。もっとも、姉さんには『貸し一つ』と言われましたけどね」


 それに先輩もこうして二人きりになりたかったでしょう?と意地悪く耳元で囁かれて、これ以上ないくらい赤くなっていた顔がさらに熱くなるのを感じた。


「か、・・・勘違い、じゃないかな」


 往生際悪く目を逸らしながら言うと、和泉くんに顎を掴まれて無理やり顔を上げさせられる。


 そして、バッチリ彼と眼が合ってしまった。


「勘違い、ね。その勘違いをさせたのは誰なんでしょうね?」


 うぅ、こわいよぅ。


 真っ黒いオーラが彼からにじみ出ているのが見えそうなほど怖いです。ついでに言えば、笑顔だけが極上なほどに甘いんです。


「い、和泉くんはそんな子じゃないと思ったのに!」


 何とか、といった体で呟いた私に和泉くんはまた顔を近づけてきた。


「下心のない男なんていると思ってたんですか?」


 こんな可愛い先輩を見て襲わない男はいませんよ、と言いながらどんどん近づいてくる和泉くんの顔が少し赤くなっていることに気付いて、私は目を瞑って受け入れた。



 それから、私と和泉くんは二人っきりの部室で他愛もない話をして、下校時間になるまで過ごす。


 部室を出る際、また和泉くんに唇を奪われて真っ赤になった私を見て、和泉くんは愛おしそうな目を私に向ける。


「先輩、好きです」


 突然の告白に固まってしまった私に苦笑する和泉くんを涙目で睨む。


 おもむろに差し出された彼の左手にわたしの右手を乗せて、夕日に赤く染まった廊下を歩く。




 私も好きだよ、和泉くん。


 了.


 お題サイト:『確かに恋だった』様より

       純粋じゃない彼のセリフ

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