第二話
鳳凰学園は、なにしろ傭兵を育てるための教育機関だから、普通の学校にはない設備がある。たとえば、射撃場に演習場で、学校に駐屯地の設備をくっつけたみたいな感じだ。
僕は校門を通って、小銃を抱えて延々走らされたりする練兵場でもある校庭を抜け、校舎へ。目的地は、校舎正面玄関の大きな掲示板。今日ここで、僕を含めて進級した二年生全員が関心を寄せているであろう、重大発表が掲示されているのだ。
掲示板に貼られた模造紙には、二年生のクラス分けと、それぞれの相棒が書き記されている。
前者は……まあ、どこの学生だって自分のクラスに気になる女子がいるかとか、気に入らない野郎と一緒になってしまっていないかとか、そんな感じでそこそこ気にするところ。
でも、今回もっと重要なのは、後者の相棒だ。
相棒というのは、鳳凰学園の生徒が二年生に進級した際に決定される、バディあるいはパートナーのこと。これだけだったらお前英訳しただけだろ、と言われてしまうので、もっと詳しく説明する。
二人一組の相棒は、これからの学園での授業をともにし、必ず同じ依頼を受け一緒に戦わなければならない。この制度の目的は、ともに戦う相棒ができることで生徒の結束感を深めるというもの。そうならなかったら悲惨な気もするが、そうはさせない仕組みになっている。
適性こそある程度考慮されているが、基本的にはコンピューターがランダムに組み合わせた相棒は絶対であり、異論も反論も許されず、相棒を変えることはできない。変わるとしたら、どっちかが死ぬか学園を辞めるか、それか銃口を向け合うまで関係が破綻した場合のみ。どの道、傭兵としてはお終いだ。
つまり、嫌でも相棒として折り合いをつけてやっていかなければならない。これは傭兵という職業柄、というか社会に出たときの当たり前のような気もするのだが、世の中自分と気が合う相手とだけ仕事ができるわけでもないので、いざ実戦となった際に寄せ集めの部隊でも即座に順応できるようにとの狙いもあるからだ。
そんなわけだから、相棒となった相手とは日常生活の際もできるだけ行動をともにし、二人の関係を深める事が推奨されている。依頼も授業も二人一緒で仲良く、戦場の塹壕で隣にいて欲しい奴にお互いがなれるようにね、ということだ。戦友は恋人以上だというが、この相棒制度について以上のような説明をされたとき、なんとなく納得してしまった。
「あー俺の相棒は男子だよ、お前は?」
「俺も野郎だ。ついてねーな、まったく」
掲示板の前に集まった二年生の中で、そんな会話を交わしている二人の男子生徒がいた。見覚えがないから、たぶん一年のときには別のクラスにいたんだろう。
そういえば、相棒は煩悩に悩まされることもなく生徒の気持ちを考慮することもないコンピューター様が、実に事務的に無作為に決めてくれるわけで、当然そこに男女に対する配慮もないから、男女ペアの相棒も誕生する。
あれだけの行動をともにするのだ、男女ペアの相棒が恋仲に発展することもままある。傭兵とはいえ健全な青少年であれば、そんな甘いラブロマンスについつい期待しちゃうというわけ。だから相棒が野郎と知ったときには先程の二人のようにがっくりと肩を落とし、女子と知ると思わずガッツポーズとかそれぞれの方法で歓喜を表現する男子生徒が出るのだ。
ちなみに、やっぱり前者の方が多い。傭兵という力仕事である以上、鳳凰学園の生徒は男の比率が高く、必然的に相棒も男同士のペアが多い。まったく汗臭い環境である。いやまあ、もちろん男子校とやらよりはずっと恵まれているんでしょうが。
なお、鳳凰学園に入ってくる女子は軍事訓練で好成績を収めた者しかいないので体力的に問題はない。女子が撃ったって、弾丸の威力は変わらないしね。でも筋力の関係で照準がどうとか反動の制御がとかなんとか言って文句をつけるような奴は、絶対に女子に嫌われる。僕が保証してあげよう。じぇんだーふりーとやらをそんちょーすべきなのだ。
ようやく掲示板の前の生徒が減ってきて、僕も前に出ることができたので、模造紙上に記された名前を目で追っていく。自分の名前を見つけると、最初にクラスを確認してから、いよいよ相棒の名前へ。
「えーと……正木昇」
思わず口に出してしまったが、知らない名前だ。一年のときには、別のクラスにいた奴に違いない。そして、名前からして男子だ。
あ、別に僕は落胆したりしない。だって、相棒が男か女かなんて、大した問題ではないし。重要なのは、相棒が戦場で頼りになる奴かならないか、それだけである。ついでに言うと、僕と気が合う奴かどうかも、結構重要なポイントだ。
まあ、少なくとも正木の実力に関しては、この後すぐにわかるだろう――始業式後には模擬戦闘があるのだから。
というわけで、僕は今ロッカールームにいて、模擬戦闘のための装備を点検し、身につけている。
おいおい飛び過ぎだろ、なんて言われても掲示板でクラスと相棒を確認してからは、普通の学校のように始業式があって、その後はホームルームでの簡単なクラスメイトとの顔合わせがあっただけで、本当に特筆すべきことは何も無かったのだ。重要なのは、むしろ今から開始される模擬戦闘である。
進級した二年生がそれぞれの相棒と一対一で戦うのが、模擬戦闘。鳳凰学園が設立されてから行われている習慣のようなもので、実際に戦ってみることで相棒の実力を確認し、さらに一年生のときに学んだことを実践する機会でもある。
模擬戦闘を行う二年生は、校舎を出て訓練区画へと向かう。訓練区画には、卒業後には傭兵としてさまざまな戦場に投入されることを考え、広大な鳳凰学園の敷地を利用して住宅街から森林まで、多様な演習場が用意されている。そこで自分の相棒と実戦さながらの戦闘訓練が実施されることになる。
今回僕と相棒の正木は、市街戦用の訓練区画にある四階建てのオフィスビルを舞台に模擬戦闘を行うことになった。同じ区画には、人こそ住んでいないが実際に人が住めそうな感じまでに再現されたいくつもの建物がある。ここで市街戦、米軍式に言えばMOUTの訓練を行う。
ただオフィスビルに場所が限定されている今回は、どちらかといえばCQB、つまり屋内近接戦闘の色が強い。軍や警察の特殊部隊の訓練で使われるそこは、別名でキルハウスとかキリングハウスとか呼ばれている。ずいぶんと物騒なネーミングだが、主に人質救出作戦や敵拠点の制圧作戦の訓練などに用いられる。
施設の近くに装備を整えるために併設されているのが、このロッカールーム。そして僕は、頭の中はうるさくしていても、黙々と模擬戦闘に向けての準備を行っている。
黒い戦闘服を着込み、さらにその上から防弾チョッキを身につける。防弾チョッキには、予備弾倉やその他の装備品を収納できるポーチがいくつも設けられている。僕はそこに必要な装備品を次々と放り込んでいく。
服装と言っていいかどうかはよくわからないが、とにかく体の方の装備を整えると、今度は武器の準備を行う。
まず今回の模擬戦闘のために支給された主武装は、ドイツ製の傑作短機関銃であるMP5だ。副武装としては、やはり自動拳銃の中では傑作に挙げられるだろうグロック17。MP5は高精度で信頼ができるし、あまり使う場面が少ない拳銃とはいえ、個人的に気に入っているグロックを使えるのは嬉しい。
どちらも口径九ミリの拳銃弾を用いるが、今回使うのはもちろん実弾じゃない。FXという訓練用のペイント弾だ。弾丸は軟質プラスチック製で、命中すると割れて中に詰まっていた塗料をぶちまける。これで、当たったかどうかひと目でわかるわけだ。
昔はペイント弾を使った訓練では玩具みたいな専用ペイントガンを使っていたらしいが、これが登場したおかげで実銃を使ってより実戦に近いペイント弾の撃ち合いができるようになった優れものらしい。空包やレーザーを使った訓練よりも、ペイント弾とはいえ実際に銃から弾が出て撃って撃たれる訓練になったのだから、実戦的になるわけである。
ただ銃身をFX仕様の専用品に交換したりする必要があり、そうなると実弾を使った射撃はできなくなるので、MP5もグロック17も実弾を使用する銃と区別するためにフレームやグリップなどが青く着色されている、訓練用の学園の備品だ。
ちなみにペイント弾だからといって舐めていると、本当に痛い目に遭う。防弾装備がカバーしていない部分に当たれば、青あざができるくらいは余裕だ。全身にペイント弾を浴びでもしたら死にはしないものの、死にたくなるほど痛いこと間違いなしである。
とはいえ、やはり致命傷にならないように防弾装備があるのだ。胴体は防弾チョッキが守ってくれるし、ゴーグルがあれば失明の危機は免れるし、防弾素材が使用されたヘルメットはきちんと頭部を保護してくれる。
つまり致命傷にはならないが痛みを伴う訓練で、少しでも生徒を鍛え上げるようにしているのである。
そんなありがたいペイント弾をひたすら弾倉に詰めるという地味な作業を僕は開始したが、この作業はまさにルーチンワークだ。
MP5はまだいい、さすが短機関銃の中でも傑作として名高いだけある。弾倉に三〇発装填する間、ずっとバネの力が変わらないので他と比べてストレスなく弾込めができる。問題は、グロックに限らないが拳銃の弾倉を充填する時である。
机の上に弾倉を置いて力を込めやすくしていても、最初の数発は問題無いが半分を過ぎると弾倉の中のバネの力が感じられるようになってきて、最後の数発は入れるのもひと苦労という有様。
今ではそこそこに慣れたものの、最初の頃は親指が真っ赤に腫れあがって痺れ感覚が無くなってしまったりで、もう散々だった。その状態になった親指を使っての射撃訓練のつらさと来たら!
専用のローダーやチャージャーなんてものがあればよかったのだが、そんな便利なものは置かれていなかった。これ、わざとやらせているらしい。なんでも、この重労働が銃を撃つことに対する自覚と責任を促す場合が多いのだとか……苦労した分、派手に撃ちまくってやりたいと思う奴も出ると思うんだけどなぁ。
そろそろ親指が疲れて来た頃、ようやくすべての弾倉をペイント弾で満たすことができた。充填した予備弾倉を防弾チョッキのマガジンポーチに収めて、これでやっと準備完了。
僕は完全装備でロッカールームから外に出て、市街戦の訓練区画へと入る。
目的のビルへ向けて歩いていると、先に模擬戦闘を終えた二年生の面々とすれ違う。ほとんどの場合、どちらかが命中したペイント弾のおかげで真っ青か真っ赤に染まり、おまけに装備と銃でいかつい恰好になっているので、まるで青鬼と赤鬼のようだ。我ながら金棒を振りまわすかわりに銃を撃って来る鬼とは、なんて危ない連想をするのか。
模擬戦闘を通してお互いの実力を知り気が楽になったのか、タオルで塗料を拭いて歩きながら談笑を交わしているペアもいる。
それを見て、僕は自分の相棒である正木について考えた。
先程のホームルームでは、当然ながら同じクラスにいたはずなのだが、なにしろ会ったことも聞いたこともない相手だったので誰が正木なのかわからなかった。自己紹介などは明日のホームルームで、本当に簡単な顔合わせだったのだ。
この後の模擬戦闘ですぐに目にすることになるとはいえ、やっぱり気になる。体格は僕より大きいのか小さいのか。射撃と格闘、どちらの方が得意なのか。性格はどうだろう。気になることはいくらでもある。
とにかく僕も正木という相棒が善い奴で、あんな風に笑って話せるような相手であることを願うばかりだ。
そうやって自分の相棒について考えていると、気がついたら僕は訓練実施場所のオフィスビルへと辿り着いていていた。
『……片山、準備はいいか?』
訓練施設のビル入口に立つと、外壁に取り付けられているスピーカーから僕の出席番号の後にそう教官の声が流れてきた。
教官は、施設内の各所に設置されたカメラで模擬戦闘を監視しているが、生徒が不正行為でもしない限り口を出して来ることはない。そのため、模擬戦闘が開始されれば次に教官が声を発するのは、どっちの生徒が死亡したかの判定を告げるときだけのはずだ。
僕は監視カメラに向けて、大きく頷いて見せた。もちろん、準備完了していますという意味で。
それから、MP5に装填されている弾倉を軽く引っ張って確実に取りつけられているかどうかを確認し、チャージングハンドルを握って後ろに引いて、初弾を薬室に装填。
セレクターレバーの位置をセイフティを示す白文字のSから、セミオートの赤文字のEへ押し下げる。これで安全装置は解除されたから、後はトリガーを絞ればいいだけとなった。
いつでも射撃可能となったMP5を構え直すと同時に、模擬戦闘の開始を告げるブザーが鳴り響き――僕は即座に入口からビル内部へと突入した。