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月落ちる森  作者: 小湊世月
Ⅴ 毒花の狼

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エピローグ

 王国歴一〇一二年、青の月五日。

 空は高く澄み渡り、月と星が一年で最も輝く季節。


 シュセイル王国首都エア島では建国記念式典が執り行われた。午前中に式典関係の用事を済ませてエア島からとんぼ返りしたフィリアスとディーンの話では、飛竜によるパレードや特大の花火等、例年に無い盛大な式典だったとか。


 後からエア島の隣、イオス島在住の父さんに聞いた話では、式典を大幅に短縮したのを誤魔化すために、ド派手な催し物を連発したらしい。何故そこまで早く式典を終えたかったのかと言えば、理由はとても単純だ。

 この学院の学院長でもある国王陛下が、学院のパーティーに出ると言い出した。それが全てで絶対だった。


 呆れ顔の二人の王子に連れられて、身なりの良い壮年の大男が現れた時には、学院中の先生方がすっ飛んで来てお出迎えする騒ぎとなった。

 丁度旧校舎の音楽室から寮に戻るところだった私は、その時ようやく学院長のお姿を目にしたのだった。


 ヒースに聞いていた通り、ディーンは父親似のようで、並んで歩いていると親子にしか見えなかった。あんなに似ていたらファミリーネームを隠してもディーンの素性がバレバレになってしまうのでは? と思ったけれど、そこは抜かりない。


『どうせ明日にはみんな陛下の顔を忘れているよ。パーティーに来たことすら忘れているかもね。だから、王はご子息に関心が無いなんて噂されるんだ。それで二人がどれだけ傷つくのかなんて、考えたことも無いんだろうね。あの人は』

 その時は、ヒースが怒りを露わにするのは珍しいな。なんて思ったけれど、私がそのことを思い出すのは卒業して何年も経ってからのことだった。





 ***





「ゆっくり目を開いて。顔はそのままで上を見て」


 言われたとおりに、顔の向きは動かさずに目玉だけを動かす。ドレス姿で白目をむく日が来るなんて夢にも思わなかった。

 真剣な表情で私の目元に何やら描き込んでいるアンのおでこをしばらく見つめていると、描き込みが終ったのか、少し離れた所から全体をチェックする。満足げに頷くと、今度はビューラーを手に「顔はそのままで、目線は下にして」と注文が入る。


「付けまつ毛いる?」


 私の背後で髪のセットをしているラヴィアが問うと、アンは「どう思う?」と隣で眺めるエリーに話を振った。すっかり支度を終えた優雅な貴婦人は、畳んだ扇を顎に当てながらうーんと唸る。


「元々ハッキリした顔立ちだし、地まつ毛が長いからマスカラだけで良いんじゃないかしら」


「これ以上はケバくなりそうだもんね」


「はぁ〜羨ましいわ。私なんて毎日眉毛描かなきゃいけないのに……」


 心底うんざりといった様子のラヴィアの一言に、明るい笑いが起こった。そんな冗談を飛ばせるぐらいに回復して良かったなぁと、彼女の笑顔を見ながらしみじみ思う。


 ラッセル男爵夫妻の()()により爵位は返上となった。残った男爵家の資産は、ラヴィアの意思を尊重して全て被害者の治療と補償に充てられた。被害者たちは心身共に十分な治療を受けてから家族の元に帰されたが、傷は癒えても奪われた牙は戻らず、彼女たちは生涯眷族を持つことができない。


 生まれながらの獣人でなければ、巻き込まれなかった事件だ。牙を失って(つがい)を獣化させることができず、獣人の血が絶えるならそれでいいと語る人も居て、心に負った傷の深さを思い知らされた。

 月神(セシェル)の末裔、最古の狼の一族として、同じ狼種の獣人が起こした一連の事件の責任を取り、セシル家は今後も被害者への支援を継続していくという。


 ラヴィアとレナリスも被害者ではあるが、僅かでも誘拐事件に加担した者として、セシル家の預かりとなり、卒業後はオクシタニアに移住することになっている。


 学院卒業まででも充分なのに更に卒業後まで面倒をかけるわけにはいかないと、当初ラヴィアは固辞しようとしたが、両腕に痺れが残るレナリスを空気の良い地で休養させてはどうかとの伯爵の提案に渋々承諾したのだった。


 以後、学院ではラヴィアにかいがいしくお世話されるレナリスの姿を度々見かけることになる。長身でひょろっとしたレナリスに子犬のように纏わりつく小柄なラヴィアの姿は微笑ましい。品の無い噂も少しずつ忘れられていくだろう。


「よし! 完成! どうかしら?」


 物思いにふけっている間に化粧が終ったようで、手渡された手鏡を覗き込めば、いつもよりキラキラした顔の自分が自信なさげにこちらを見つめ返す。なんだかちょっと気恥ずかしい。


「ありがとう。こんなにしっかり化粧したのは初めてだ」


 私は手鏡をアンに返して、姿見の前でくるりと一回転してみた。アンが見立ててくれた濃紺のドレスの裾が花びらのようにふわりと広がって光を弾く。月と星の刺繍が宝石のように輝いて、青の月夜に相応しい装いに見えた。

 緩く編んで後ろに纏められた髪にはドレスと同じ色の花の髪飾り。耳には大きな真珠のピアス。真ん中にサファイアが輝く三連の真珠のネックレスは母の形見で、月の涙に喩えられる優しい輝きは、緊張で震える私を鼓舞するようだ。


「……綺麗」


 深い青の煌めきに見惚れて思わず呟くと、アンとラヴィアが笑い出した。

 いや、私のことじゃないからね? 慌てて訂正しようにも、二人はドヤ顔である。


「そうよ! 私たちの腕をナメないでほしいわ!」


「パーティーは戦場よ? これは武装なんだから。自分が一番強くて綺麗だと思って自信満々でいないと!」


 おっと? そうなるとスカートの下にナイフとか仕込んでおくべき?


「……二人ともその辺で。戦場だなんて言ったら、この子たぶん何か武器を持って行こうとするわよ?」


 エリーの冷静なツッコミにアンとラヴィアは「やだ、女スパイみたい!」「ガーターベルト使う!?」と大盛り上がりである。

 結局、寮を出る時間が来てしまったので、隠し武器を仕込むのは別の機会にということになった。エリーが安堵したのは言うまでもない。


「セラ、笑顔よ! 足踏んだらエスコートが下手なアイツのせいにしなさい」


「初陣頑張ってね! 私たちも後から夕食を食べに行くわ!」


「よし。しまっていこう!」


「いや、だから戦場じゃないのよ? 大丈夫かしらこの子……」


 それぞれの胸に一抹の不安を抱えながら、私とエリーは出陣した。

 背筋を伸ばして目線は高く。けれど顎は上げず。スカートの裾を踏まないように静々と歩く。すれ違う人たちがぽかんとした顔で見ているけれど、そんなことを気にしていたら転んでしまいそうだ。

 やっとの思いで女子寮の談話室が見渡せる吹き抜けまでたどり着けば、階下はパートナーを迎えに来た紳士たちでごった返していた。


 階段のすぐ下に、こちらに背を向けてフィリアスと談笑している黒の礼服の男が居る。いつもは首が締まる服は嫌だと言って制服を着崩しているから、ぴしっと礼服を着こなしている後姿にドキドキする。

 こちらに気付いたフィリアスが、手を上げるとエリーが先に階段を降りて行った。


 周囲の声が遠ざかり、時間が止まったような気がした。

 ゆっくりとこちらを振り向き、眩しそうに私を見上げる彼は、あの深い森のお城で初めて出会った時と同じように、エメラルドグリーンの眼を細めて泣きそうな顔で笑う。


 梳くぐらいで殆ど弄らないという白金色の髪をオールバックに整え、礼服の中のシャツは光沢のある紺色。私のドレスに合わせてくれたようだ。

 どうしよう。私のパートナー、キラキラし過ぎていない?

 早くも戦意喪失している私に、アルファルドは優雅に手を差し伸べる。


「お迎えに参りました。セリアルカお嬢様」


「えっと……よきに計らえ?」


 ふき出した彼を見てホッとするなんて。

 私は階段を降りてアルファルドの手に手を重ねる。手の甲に口づけを落とされる間中、熱い視線を浴びてのぼせそうだ。


「綺麗だよ。セラ。よく似合ってる」


 声が含む甘さと熱に、あと何時間耐え続ければいいのだろう?


「あ、ありがとう。君も……素敵だよ」


「……」


 苦し紛れに言い返したら、アルが黙って目頭を押さえてしまった。混乱する私の耳に、底抜けに明るい笑い声が聞こえる。声のする方を見ればバシッと眩いフラッシュが視界を奪った。


「お二人さん、今からそんなので大丈夫? 夜はこれからだよ!」


 お洒落に礼装を着こなしているが、今夜のヒースは宣言通りカメラマンに徹するらしい。おそらく、おろおろしている私と涙ぐむアルの写真が撮れたのだろう、目に涙を浮かべて爆笑している。


「ちょ……今のは無し! もう一回!」


「ははは! 次はダンスの時かな〜? 楽しみにしてるよ!」


 ひらひらと手を振り逃げていくヒースを追いかけて、私たちは未知の戦場へと踏み出した。

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