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月落ちる森  作者: 小湊世月
Ⅺ 袋小路の狼

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43 幕間の狼①『太陽と月』

 着替えを済ませて更衣室の扉を開けると、目の前には巨大なモフモフの壁。微動だにせず廊下を封鎖する獣の影を見上げて、ヒースは言葉を失った。

 しょんぼりと垂れた耳を見るに、やっぱり彼女と喧嘩したのかと得心する。彼が獣化したところを見るのは何年ぶりだろうか?


 モッフモフつやっつやの素晴らしい黄金色の毛並みに、遠い故郷の麦畑が思い起こされた。郷愁に思わず手を伸ばしかけて、彼に頭を齧られそうになった過去を思い出す。この従兄弟は手加減というものを知らない。


 危険と引き換えにしてでも触りたいかと問われれば、答えは否だ。

 だってコイツ雄だし。めちゃくちゃ凶暴だし。


「セラを待ってるの?」


 ヒースは意を決して問い掛けるも、金狼はピシッと背筋を伸ばしておすわりしながら、命令を待つ忠犬の如くじっと目を瞑っている。完全に無視である。

 ヒースが金狼の正面に回ってジャンプしながら大きく手を振ってみるも無反応なので、鼻先に手を差し出す。


「お手…………ひょわ!? っぶないなー!」


 瞬間、金狼の鉤爪が轟音を立てて空を斬った。ヒースは思わず頓狂な声を上げて避けるも、『今のは結構ヤバかったな』とバクバクと鳴る胸を撫で下ろした。


「おい、ヒース。何騒いで……うわっぶ、なんだこれ!?」


 モフモフの壁に顔から突っ込んでディーンが驚愕の声を上げる。体当たりされた金狼は、ちらりとディーンを睨んだだけでプイと顔を背けてしまった。


「セリアルカを迎えに来たのか? 倉庫に行くって言ってたから、たぶんまだ中にいるだろう。迎えがいるなら後は任せた。帰るぞヒース!」


 ディーンはぽんぽんと金狼の背中を叩くと、金狼の横を壁伝いに移動して出口までたどり着いた。


「送り狼はダメだぞっ……痛ッ!」


「懲りねぇな。お前も……」


 尻尾で顔を叩かれて、くしゃみを連発するヒースを見やり、ディーンは肩を竦めた。


 訓練場を出てすぐの中庭に面する回廊には、夕方の涼しい風が通り抜ける。

 校舎の向こうに落ちる日に、ヒースはふと自分の左手の甲に目を落とす。薄っすらとシミのように浮かび始めた紋様を、はっきりと視認する前に、上着のポケットに突っ込んで隠した。


 アルファルドの側にいると御印(みしるし)が活発化して隠蔽魔法が解け易くなるようだ。ヒースは経験的にそういうものだと知ってはいたが、最近はだんだんと効きが悪くなっているようで、日が沈んでからは気が抜けない。

 以前といったい何が違うのか。考え得る原因は、セリアルカの存在だ。


 月女神(ルーネ)の末裔セリアルカは、ヒース以上にアルファルドの御印と相性が良いらしい。彼女の側に居ると、アルファルドの纏う空気が澄んでいくのがヒースの目にもわかる。


 月の魔力が強まれば、太陽の魔力も強まる。アルファルドとセリアルカ、二人の仲が良好だとヒースにもなんらかの影響が出るようだ。

 もっとも、魔力の使えないヒースにとっては、イマイチ実感が無いのだが。


「……そういえば明日、出掛けるって言ってたな。アルが服を貸せって僕のクローゼットを漁って何着か持っていったけど、セラとデートかな?」


 寮に帰る道すがら、ヒースは呟いて不穏な笑みを浮かべた。アルファルドとヒースは背格好が似ているので、よく服の貸し借りをする。

 貸した服に口紅が付いているとか、狼の抜け毛が付いているとか、香水が獣臭がとすぐに喧嘩に発展するので、同室のディーンが辟易していることをヒースは知らない。


「お前、二人を応援するって言ってなかったか? 嫌な予感しかしないんだが……」


「応援するよ? だって、試練があった方が燃えるじゃない?」


「……そういうところだぞ」


 ディーンは自分の思う応援の概念を疑いつつ、呆れたように呟くのだった。

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