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月落ちる森  作者: 小湊世月
Ⅹ 放課後の狼

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39 よしよしされました

 骨に響くような衝撃の後、手にしていた木剣は吹っ飛ばされて訓練場の石の床を叩いた。ガランと音を立てて転がる木剣を一瞥して、ディーンは呆れたように首を振る。


「……今日はこれで止めだ。お疲れ」


 私は慌てて剣を拾ってもう一度構えたけれど、ディーンは踵を返してひらひらと手を振る。


「待って! まだ終わりじゃない!」


「いいや、終わりだ。これ以上続けても時間の無駄だ。付き合いきれねぇよ」


「無駄かどうかなんて、やってみないとわからないだろう!?」


 私は木剣の柄を握る手を内側に絞るように力を込めて、正眼に構える。けれど、ディーンは取り合わない。剣の先端を掴んで私の手から引っこ抜き放り投げた。

 抗議しようと詰め寄った私の胸ぐらを掴む。


「なめてんのかテメェ……心ここにあらずで剣を振るんじゃねぇって言ってんだよ!」


「……ぐッ! そんなの、わかってるよ!」


 背の高い彼に掴まれて浮いたつま先が、頼りなげに床を探る。背伸びする体勢だけれど地に足が着いたので、胸ぐらをを掴む手を取って外側に捻り、懐に潜り込むようにして投げ飛ばそうと試みた。


 しかし、彼の方が反応が早かった。足を払われて体勢を崩したところを背負うように投げられ、天地がぐるりと回る。咄嗟に受け身を取ったけれど、石の床の上に投げ出され、衝撃がじんと身体に沁みた。


「頭冷やして出直せ馬鹿」


 べしっと頭を叩かれて、投げられた痛みに追い討ちをかけられた。


「くっそ……」


 床に座り込んだまま呻く私の頭にばさっとタオルが降る。


「悪いけど、今回は擁護できないなぁ。今日の君は全然ダメ。精彩を欠いているよ」


 タオルを投げたヒースは私の隣に腰を下ろして困ったように笑う。


「僕らは君の全力を見てるから。君が上の空なことなんて、とっくにお見通しだよ」


 慰めてるつもりなのか、タオルを被ったままの私の頭をわしわしとかき回した。


「上手くいかないな。何もかも……」


 ため息と共に零れ落ちた声は石の床に沈む。気怠げな夏の太陽が何故かいつもよりも遠く感じた。

 訓練場で居残り稽古をしているのは私たち三人だけだった。居残り稽古といっても強制されたわけではなく、放課後に暇な時だけで良いからと二人に手合わせを頼みこんだ自主練である。


 他の生徒は早々に引き上げて運動場でボール遊びなどをして北国の短い夏を楽しんでいる。だんだんと日照時間が減っていくので、長時間外で遊べる今の時期はとても貴重なのだ。


 その貴重な時間を、わざわざ私のために空けてもらい、胸を借りているのに、この体たらく。情け無い。


「ディーン、アレやって! アレ!」


 いつの間にか側に腰を下ろして胡座をかいていたディーンに、ヒースが身振り手振りで何事かを催促する。


「誰も居ないのに?」


「今のアイツは前にも増して目も耳も鼻も利くから、用心に越したことは無いよ」


「……まぁいいけどよ」


 ディーンが答えるが早いか、キィンと耳鳴りがして私は思わず耳を押さえた。

 顔を上げて周囲を見回せば、私たち三人を半透明な緑の光が囲っていた。風の結界だろうか?


「さぁお兄さんに話してごらん? 何を悩んでいるのかな? 彼と喧嘩でもしたのかな?」


「……別に、喧嘩はしてないし。彼じゃないし」


 訓練場は声が響く。これは話が漏れないようにするための結界のようだ。風の半球体がテントのように三人を包み、音の振動が結界の外と異なっている。


「なら、何をぐだぐだ悩んでるんだ? 闇雲に剣を振り回すよりも、そっちを解決した方が早いだろう?」


「そうそう! 君みたいに溜め込むタイプは、声に出した方が考えがまとまり易いと思うよ」


 ヒースのキラキラした青い目は好奇心で輝いている。重ったるい悩みを抱えた私からすれば、綺麗な目をしやがってこの野郎……と関節技のひとつでもキメてやりたいところだ。


「例の二人の件だろう? フィリアスが調べまわっている……」


 私の顔はそんなにわかりやすいのだろうか?

 楽しげなヒースに対して真面目なディーンの指摘に、私は観念して素直に頷いた。この二人は信用して良い気がする。


「……答えが欲しいわけじゃないんだ。みんな優しいから、こんな事を言えば『そんなことない!』って言ってくれるのはわかってる。でも……私が余計なことをしなければ、あの二人はまだ学院にいられたんじゃないかって思って……こんな風に普通にしているのが申し訳ない気持ちになるんだ」


 あの日から十四日が経った。長い十四日間だった。姿を消した二人の行方は(よう)として知れない。

 明るく人当たりの良いラヴィアに懸想したレナリスが、彼女を攫った。あるいは、身分違いの恋を反対されて駆け落ちした。などと既に学院中の噂になっている。


 学院という閉ざされた楽園は、長く在籍すればするほど人間関係が凝り固まって、真新しい話題を見るとすぐに飛びついてしまうのかもしれない。盛りに盛った噂が目の前を流れて行くのを、何度歯痒い思いで見送ったかわからない。


 ふとした瞬間思う。

 私がレナリスの誘いに乗らなければ、二人は今でも学院にいられたんじゃないかって。二人の幸せを壊した、直接の原因は私なんじゃないかって。

 そう思う度に、私はこのままでいいのだろうか? 何らかの罰を受けるべきなんじゃないかって、焦りばかりが募っていく。


「うーん……意外と重い話だった」


「意外と真面目だなお前」


「意外意外って、君らは私をなんだと思ってるんだろうな?」


「猛獣」


「野生児」


「くっ……否定できないけど、君らだって似たようなものじゃないか!」


 心外だと大仰に傷ついたフリをするヒースに、ディーンが苦笑いを浮かべる。やっぱり否定はできないようだ。


「お前は堂々としてりゃいいんだよ。お前が動かなくたって、いつかはバレた。他の生徒が犠牲になる前にわかって良かったんだ」


 ぽんと私の頭に手を乗せて、そのままぐりぐりと頭を撫でる。


「なんなんださっきからー!」


 ボサボサになった髪を手櫛で直しながら抗議すると、無意識だったのかディーンはバツが悪そうに目を逸らした。


「いや、なんかお前を見てると昔飼ってた犬を思い出してな……」


 ディーンが両手で示した犬のサイズが、どう見ても小型犬なのが気にくわない。そんな私たちのやり取りの横で、ヒースが「うーん」と呻る。


「僕が思うに、あの二人はとてもしたたかだよ。君が悩むだけ損だと思うなぁ」


 続くヒースの答えは辛辣だった。


「僕もラヴィアのことで事情を聞かれたから思った通り伝えたけどさ、あの娘は僕じゃなくて最初からアル狙いだったと思うよ? 今思えば、何かにつけてアルの話題を出していたし、君とアルの関係を知りたがっていた。婚約しているとはいえ、ポッと出のセラに長年狙ってた男を横から掻っ攫われたんだもの。相当頭にきただろうね」


 牙が抜けてフェロモンを放つことがなくなっても狼女であることに変わりは無い。強い雄に惹かれるのは、狼の本能と言える。

 ラヴィアはアルの存在を知って、早期につがいを選んだことを悔やんだのか? そう考えれば、レナリスのアルに対するあの態度も理解できる。


「――だからさ、あの時僕と決闘する筈だったのは君じゃなくてアルだったのかもね?」


 がらんとした訓練場が一段と寒々しく感じた。背中に伝う汗が冷たい。

 自分の楽しみのために見目麗しい二人を争わせる。掌の上で男を弄ぶことに喜びを見出すタイプということ?


「怖ぇ女だなぁ……」


 さらりととんでもないことを言い出したヒースに、毒虫でも見たかのような顔でディーンは呟いた。


「僕が不思議なのは、ラヴィアはアルの正体に気付いたのに、誰よりも近くに居たセラがなかなか見破れなかったことだ」


 二人の視線を浴びて、私は身を竦めた。


「……たぶん私は、アルは狼男じゃないと思いたかったんだ。目に見えるヒントをいくつも見ないフリしたのかもしれない」


 認めるのが悔しいけれど、彼の一面を知る度に『悪くない』と思う自分が確かに存在したのだ。

 美点を積み上げるそれはきっと、正しい恋の落ち方に似ている。私はそれを彼への好意だと思ってしまった。

『僕の好意を利用すればいい』と彼は言った。彼もまた、私が好意をもって誤解していることを利用したんだ。


 これが罠だとわかった頃にはもう、逃げ場は無かったんじゃないか。


「怖い男だなぁ……」


 今度は二人掛かりで頭を撫で回されたけれど、心なしか先ほどよりも優しかった。

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