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春の秋風《第三ターミナル》

ーかしましくかがやいてーのスピンオフ作品です。凛と紗久良は中学卒業後しばしの別れを体験します。空港から出発したモノレールの車窓を見ながら凛はその思いを整理しようとするのですが・・・

 天井の細長い明り取り窓が特徴的な羽田空港第三ターミナルを出発した東京モノレールは浜松町駅に向かって走り始めた。


 ほんの一瞬現れたモノレールを支える高架に沿って海に流れ込む川の水面みなもが柔らかな風を受けて踊る様な波紋を見せていた。


 春の揺らぎとでも言えばよいのだろうか、淡く輪郭がにじんで見える景色の中で凛の心に秋風が吹き渡る。羽田空港で幼馴染で恋人で婚約者である紗久良さくらのロンドンへの旅立ちを見送った帰りの道すがらぼんやりと霞む水面と大気の際目を見ながら思考はオカルティックな方向に傾いてその揺らぎが人の様な意思を持つ様に思えて気ままに水面を漂う姿が自由そのものに感じられたのだが、凛はそこに危険性を感じ取り、思考と観察力を従来の現実にかなり強引に引き戻した。


 人は色々と理不尽な理由で別れを迎えなければない。それが永遠でないとしても納得するには無理矢理な理由が必要で、それをこじつけられれば少しは気休めになるのだが、思春期真っただ中で揺れる凛の思考では思いつくことが出来なかった。そして座席に座る彼女の背中は自然に丸くなる。


 ……深く深呼吸にも似た大きなため息。


 吐き出されたのは暖かで二酸化炭素多めの空気だけではない、自分の心まで吐き出してしまった気分になるのはほんの暫くの時間とは言え失ったその質量は天の川銀河中心に鎮座する『いて座A(スター)』と呼ばれる超巨大ブラックホールを軽く凌駕りょうがしていた。


 病気の関係で高校進学が一年遅れた吹奏楽部の先輩に尻を叩かれ自分の実力から二段階以上レベルの高い高校受験のために日夜めちゃめちゃハードな受験勉強漬けの日々を過ごした結果、辛うじて志望校に滑り込む事に成功したのはひょっとしたらそれは自分の運ではないかと思うと同時にその運を全て使い果たし、その結果が紗久良とのしばしの別れになってしまったのではないかと感じるのは彼女の錯覚でしかないのだが恋人との間に約9,700〜10,000キロ、時間にして約十四時間という途方も無い距離が出来てしまったのは受け入れ難いが否定することは出来ない。


 大人の我儘わがままとまでは言わないがこの『家族帯同』の転勤と言う仕組みが何とかならない物かと考えてみたがそれを理由に企業に異を唱えるのは大人には難しいのだろう。しがらみも有れば立場もある、そしてそれは家族共に平和に暮らすための手段なのだから。そして、第一に未成年の娘を一人置き去りにする勇気を持つ親はこの世に存在しないと言うことで、これが家族の絶対原則なのである。


 羽田空港第三ターミナルから浜松町へ向かう東京モノレールの空港快速は思った以上に揺れが酷い。車窓から斜めに差し込む日の光はまだ少し頼りなさを感じさせ、春風はまだその真の実力を発揮できずに冷たく冬の名残を引き摺っていた。


 高校の入学式にあわせてヘアサロンで整えたばかりのさらさらなショートボブの凛は自分の身体からだのサイズより一回り大きいジーンズ生地のパデッドをざっくりと着て、同じ風合いのパンツにスニーカー、ハス掛けにしているのは母が何とかというキャンペーン企画にこれまた何となく申し込んだら見事に引き当てたのは良いのだが、送られてきた実物を見て自分には年齢的に似合わなそうだからという理由で押し付けられた薄いピンクのショルダーバッグ。背中が丸まるのはそのバッグの意味不明の重さにもよるのかも知れない。


 ぱっと見た目、凛が少年にも見えるのは彼女が中学二年の夏休み直前まで男の子だったからかも知れない。突然倒れた当時の彼は男性器を有するものの精密検査の結果、身体の内側の作りや染色体のタイプから完全に女の子であることが判明し放置すると命に関わる事が明らかとなった。


 凛は母の人生と命を全うして欲しいと言う願いと、若くして亡くなった父の思い出と向き合い、思い悩んだ結果、女の子になる道を選択した。それはこれかも生き続けるという誓いでもある、その傍らにはいつも紗久良がいてくれる筈だったのだが、彼女は父親の仕事の関係でロンドンへと旅立った。ぽっかりと空いてしまった凛の隣が妙に広くひんやりしているのは季節のせいではない。出国ロビーに向かって歩き去る紗久良は自分に向かって明るい笑顔で元気に手を振ってみせたが凛にはその裏側がちらちらと見えた。


 彼女も自分と同じ思いなのだと、二人の間には果てしない距離と寂しさが横たわる。しかし、紆余曲折あった中、同性同士で婚約を果たした二人だから寂しさなどと言うある意味錯覚にも似た感情は乗り越えなければならないと……二人で目指さなければいけないものはその先に有る。それをつかみ取る為の試練、そう考れば良いのだろうか。


 だが、遠距離恋愛の末路にあまり幸せな結果が待っていない場合が多いのも事実で、コミュニケーション不足を理由に48%が破局するという統計が有るのを凛は知っていたりする。エビデンス的にどうなのかと感じはするが、ネット情報と言うのは何故か完全否定出来ない説得力がある。完全肯定する事も出来ないのだが人間は何故か否定的な情報を信じてしまい、その心理が終末論を煽るのだ。そして、その心理を否定出来ない大きな理由はもう一つ有った。


 実はこの日、凛と紗久良の自宅最寄り駅を通る電車の路線で踏切での人身事故事故が発生し、その後のリカバリーが出来ないくらい電車の運行ダイヤに乱れが発生していた。乗降客の多い駅では入場制限が行われ警察官が見守る中、建屋の外まで多くの人で溢れる駅も多数有り、紗久良の家族が搭乗する飛行機の時間に間に合わせる為に行われた努力と散財は想像を絶するものだった。


 短期の旅行ならば自家用車で移動して空港の駐車場入場を預ける手段も有るのだが『引っ越し』と言うイベントにその手は使えない。そして、タクシー、バス、徒歩にくわえて短距離マラソンによる極限の移動により無事に出発出来た事は正に奇跡と言っても過言ではない。勿論、凛もそれに付き合った訳なのだがその辺は若さの勝利、乱れた息も滲む汗も、ちょっと笑う太腿あたりも通常営業に回復するには瞬時と言っても過言ではない、紗久良の両親は少し辛そうだったか、フライトの最中に回復することだろう。


 レールの繋ぎ目でモノレールががくりと揺れて凛は不意に視線を上げた。快晴の空がちょっとだけ冷たさを放っている様に感じられたのは蒼が透明過ぎるからだと、そして、『時が未来いつかになっていく』のだと凛は思った。

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