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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
7/13

ふつうの恋する女の子


 まあ、カレーは若干焦げていたが、味に関しては問題なかった。


「さすがはかいくんだね。今日も美味しい」


 褒めたというのに、かいくんこと、天理かいは、あまりいい顔をしない。


「というかしろあ、帰ってきてから手を洗ってないだろ」

「え、なに? 脱衣所に忍び込んで良かったの? 実はお風呂で待ってたの?」


 拳をにぎにぎしてる。面白いのだろうか。深くため息をついた。


「しかも夕飯前にポテチ食べたしな」

「わたしは刹那主義なんだよ!」

「脱いだ制服も脱ぎ捨てたまま」

「制服くんたちが床が大好きだっていうから」


 何の嘘もありませんと満面の笑みで見上げる。この上目遣いと飾らない笑みに騙されない男はいない。ティッシュでごしごしと口許を拭かれた。痛い。


「堀田梨沙の件、終わったらしいぞ」


 出し抜けに、対面でかいくんのカレーを焦がした張本人が言った。すでに終わったことをなぜ掘り返すのかと疑問に思っていると、かいくんは真面目な顔をした。


「けっきょく、しろあは今回、何をしたんだ」


 何をしたんだと言われると、特に何かした覚えはない。


「わたしがしたのは、入部届を金曜の朝に、堀田さんに渡したぐらいかな」


 堀田梨沙は、しろあにこう言った。なんで何も言わないの? と。その言葉通りに、しろあはほとんど何もしなかった。何もせず何も言わず、堀田がひとりで事を進めた。だから何をしたんだと責められるほど、今回は何もしていない。


「マックには行っただろ」


 それがなにか問題なのか。しろあは訊く。


「わたしにはマックに行く自由すらないの」

「そんなことはない。ハンバーガーを食べてポテトを食べて、シェイクを飲むなら、何ら問題はない。正しい使い方だ」


 そしてかいくんは、細い息を吐いた。


「だが、あの日、しろあは余計なことをした。やらなくていいことをした。その結果、堀田は早まった決断をしてしまったんだ」


 早まった決断。あの日、火曜日の帰り道に、堀田は告白をした。しろあは知っている。堀田がシンプルな言葉で好意を伝えたことも、新井がそれを断ったことも。見てはいないけれど、知っている。


「それが、なにか問題なの」


 かいくんはスプーンを置いた。


「問題だ」

「だから、なにが」

「しろあのいまの態度が問題だ」

「態度?」


 と、首を傾ける。

 黙ってやり取りを訊き、カレーを黙々と口に運んでいた佐白ちゃんが口を挟んできた。


「天理。なぜマックに行ったことが問題だったんだ。たしかにあの日、しろあ様は何も注文せずひとりで、偶然を装って新井と同じ席についた。おかしな行動ではあるが、特別咎めるような行為ではないはずだが?」


 だから様呼びはやめろ……と、言いたいところだったが。そこについて、しろあもかいくんの見解が聞きたい。


「堀田がそもそも、しろあを遠ざけたかった理由は、自分の好きな人がべつの異性に夢中になっているのが嫌だったから。そして入部を阻止したのは、部活動で時間を共にされるのが嫌だったから」


 そう、だから堀田は危険を冒して嘘を着てまで、しろあに近づき入部届を己の手で握り潰したのだ。


「しろあはそれを知っていた。なのに、マックに行った。新井と同じ席についた。新井と、ふたりでいる光景を、見せつけたんだ」


 佐白ちゃんはかいくんの見解に同意の姿勢を見せた。


「それはまさに、堀田梨沙が望んでいなかった光景だな」

「ええ。しろあは余計なことをした上に、必要なことはしなかったんです」

「必要なことって?」


 不要なことはわかった。それなら、必要なこととは?


「堀田が声をかけてきた最初の日だ。佐白先生は、新井に興味がないと言えばいいと言った。でも、それだと堀田の逆鱗に触れるかもしれないし、余計に困惑させるかもしれない。そして、しろあが実際に取った行動は、言葉を濁すことだった」


 サッカー部の人を見ているとだけ告げ、サッカーに興味があるのかという質問は誤魔化した。


「あのとき、しろあがするべき、言うべきことは、こうだ」


 まっすぐかいくんは、しろあを見る。しろあも正面から受け止める。


「サッカー部には入りません」


 なるほど。それなら、話の流れは自然だ。受け答えの中で、言えること。


「でも、どうだろう。まだ入部届の受け付けには猶予がある。堀田さんは、わたしの気が変わるかもって思い詰めるかもよ?」

「なら、違う部活に入ったと言うのでもいい」

「それは嘘になっちゃう」

「人を見てたってのも嘘だろ」

「嘘じゃないよ」

「じゃあ、誰を見てたんだ」


 言葉に窮する。そのわずかな隙に、かいくんは言う。


「俺はサッカー部の体験、一回しか行ってない。しろあがサッカーコートに足を踏み入れてサッカー部員に囲まれた日だけ。ほかは、行ってない」

「ふーん、へえ? かいくん以外を見てたって可能性はないの?」

「あるのか」

「ない」


 えへっと笑う。しろあが自分以外の男に興味を持つはずがない、とかいくんが思っているということ。これ以上の喜びはない。


「しろあがいるとサッカー部は機能しないし、俺も部活に入るつもりはなかった。一日だけの。踏ん切りみたいなものだ」

「わたしとの時間が減っちゃうもんね」


 かいくんは否定しない。否定がないということこれすなわち肯定。


「しろあはサッカー部の誰も見てなかった。しろあなら、サッカー部が機能しないからという理由で遠慮して遠巻きに見守るなんてこともしないだろう」

「たしかに、いまのしろあ様ならできる限り近づくこうとするはずだ」

「これわたし悪口言われてる?」

「いえ。かわいらしいという話です」

「そうだよ。我が儘だって話をしてる」


 佐白ちゃんは許す。かいくんは許さない。抱擁の刑に処す。


「ほら、こういうこと」


 頭ぐりぐりも追加だ。


「かわいらしいだろう」

「食事中にすることじゃないでしょう」

「ふたりとも、わたしのために争うのはやめて。わたしはすでにかいくんものなの」


 かいくんは拳を震わせている。なにが面白かったのだろうか。


「……つまり、遠慮がちにフェンスの向こうから、そっと見守るなんてのは……パフォーマンスだ」

「なんの?」

「堀田を誘ってたんだ」

「しろあ様は罠を仕掛けたと?」

「そういうことになります」

「ひどい言い種だね」

「違うのか」

「違わないよ」


 カレーが冷めてしまう。かいくんの温もりはデザートにしておこう。スプーンを持った。


「かいくんが仮入部することになった。心配になった」

「なにが」

「女の子といちゃいちゃしないか」


 かいくんはしかめっ面になった。


「でもマネージャーはいなかった。これで一安心。でもせっかくかいくんがサッカーをするんだよ? 見ない選択肢はない。見るなら最前席で見たい」


 だからサッカーコートに踏み入った。サッカーをするかいくんを見て、心が温まった。


「サッカーと偽って女の子といちゃいちゃするのでもないとわかった。サッカーをするかっこいい姿も見られた。これで一件落着。と思ったら、次の日からなんだか嫌な視線を感じた。嫉妬のような、仇敵……恋敵か。そんな目をしていた」

「それが堀田」


 頷く。


「見られることは慣れてる。でも、ああいうのはダメ。いつか面倒ごとになる。だから早めに処理しなくちゃならない」

「だから誘った」


 頷く。


「ひとりにはならない人が、ひとりになる。これは絶大なチャンスに映る。結果、仕掛けてきた」


 かいくんの言葉を借りるなら、堀田は罠に嵌まった、とも言えるか。


「そこでしろあは、サッカー部には入らないと言うべきだったんだ」


 話は戻る。かいくんは譲らず、ここが争点だ。


「なのにしろあは適当に誤魔化し、堀田の作戦に乗った。必要なことはせず、余計なこともせず、しかしマックに行って堀田が危ぶむ光景を見せつけるという不要なことはした。堀田の逸る気持ちを加速させた。結果、堀田は告白して振られる」

「これってわたし、悪いの?」


 疑問に思う。すべては堀田の勘違いに過ぎない。しろあは、なにも咎められることはしていない。


「なんであのとき、サッカー部に入らないって言わなかった」

「だから処理しないと面倒ごとに」

「悪意はなかったか」

「ないよ」

「仕返ししてやろうという気も?」


 黙ってしまった。


「しろあは堀田の視線を鬱陶しく思ったんじゃないか。だから堀田の背中を押した。振られるとわかっているのに、堀田の背中を……突き落としたんだ」


 そういう、ことになるのだろうか……。


「これは、残酷だよ。しろあ」


 悪いことではなく、残酷なこと。


「人間なら、やらない」


 人間も充分残酷ではある。しかし、そういうことを言っているのではない。それぐらいの理解力は、しろあにもあった。


「謝ったほうが、いいのかな」

「いいや。謝っても、逆に困ると思う」


 それは取り返しのつかないことをしてしまった。


「まあ、してしまったことは仕方ないさ」


 かいくんは落ち込むしろあの頭に手を置いた。


「最後、しろあは優しかったからかな」

「最後……?」

「堀田に、助言をしただろ」

「あれ、それ言ったっけ」


 黙々とカレーを食べ進める佐白ちゃんは首を横に振った。


「しろあみたいに全知がなくても、それぐらいわかる。言ったんだろ?」


 これぞ本物の愛だ。頷いた。


「新井の断り文句を、思い出させた。もしかしたら、あの告白がいいほうに転ぶかもしれない。新井の堀田を見る目が変わって、堀田も待つだけじゃなくてより積極的になるのかもしれない。本来なら新井が引退する二年後にふたりはそういう関係になっていたところを、すこし早まるかもしれない。それは、しろあのおかげってことになる」

「慰めてくれてるの?」

「しょうがないって話をしてる。しょうがない。ゆっくり、人間に慣れていけばいい。しろあはもう神様なんかじゃないし、全知全能でもない。人間なんだから、間違いもするさ」


 たしかに、もうしろあは全知全能の神様ではない。ふつうの恋する女の子、天知しろあだ。全知の力はまだ備わっているし、それで堀田と新井の関係性や告白シーンも知ったのだが、以前ほど便利でもない。


 優しい顔で、かいくんは言う。


「ただ、危ないことはするなよ。しろあのやり方は、激情した堀田に襲われることだってあった」

「でも、危なくなったら守ってくれるんでしょ?」

「人間は見える地雷は避けるんだよ」


 神様を引きずり下ろして人間にさせた当人が、何を言うのか。しろあは正論に苛立ち、肘で脇腹を突いておいた。おお、これこそ人間らしい。

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