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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
2/11

味わうといい


 木曜日になっても天知から届けが来ることはなかった。


 催促はしない。天知なら期限を破るといったこともしないだろう。催促するとしても、明日だ。まだ金曜日が残っている。連日押しかけるのも迷惑だろうし、距離を取られてしまうかもしれない。

 チャイムが一日の終わりを告げ、担任からの話を聞き流し、掃除を終えた堀田はそのまま駅前まで歩いた。皆、誰しもが知るMのつくバーガー店。駅ビルに同居している店へ入ると、カウンターに立った店員は、


「いらっしゃいませ……」


 と、客に向けるにしては尻すぼみな挨拶をもらう。店員は作り笑いをやめ、また違った笑みを貼り付けた。堀田は会釈する。


「お疲れ様です」

「お疲れ様~」


 見知った間柄というわけでもない。大学生らしいというのは知っているが、会話をしたことはない。堀田はバックヤードに入った。


 ここはバイト先だ。高校生になってバイトという選択肢が新たに取れるようになった堀田は、駅前で見かけた、バイト募集! という張り紙を思い出し連絡。先週、無事面接に受かった。

 バイトをしようと思った理由は単純。お金がほしいから。お金を自分で稼げるようになったのだから、すこしは大人になっているのかもしれない。すくなくとも、近づいてはいるだろう。


 ロッカーにカバンを仕舞い、学校の制服と店の制服を着替える。今日が初出勤なので教えてもらいながらの仕事となる。バイト仲間にも、一見して厳しそうな人はいない。ホッとしている。


「じゃあ、今日は接客してみようか」


 指導係? らしい先輩にそう言われる。

 レジはふたつ。客が疎らな隙に、ひとつを閉じて指導される。構えるほど難しくはなかった。覚えることと言えばレジの扱い程度。客側での経験がある堀田からすれば、受け答えも知っているようなもの。

 一通りの説明が終わる。


「まあ、最初はこいつの見てればいいからさ」

「え、ちょっ、やめてくださいよ。緊張するじゃないっすか」

「いい手本になるんだぞ~」


 レジに店員が三人立っている。これは客からするとすこし威圧的かもしれない。そう思っていると新たな客がやって来た。緊張するとは言ったものの淀みなく注文を承った先輩。支払いを済ませ、番号でお呼びしますので少々お待ちをと、幾度となく言われてきた言葉を真横で聞いた。


 商品を渡し終え、接客としての作業が一通り終わる。


「まあまあの手本だったな。下がっていいぞ」

「すっげぇ上から目線……」


 ぶつぶつ言いながらも下がっていく。店員はふたり。レジはひとつ。


「じゃあ、次。堀田さんやってみようか」

「……はい」

「大丈夫。私もとなりにいるから」

「……はい」


 新たに覚えることはすくない。立場が逆だがやり取りの経験はある。それでも、緊張はした。何かあれば先輩がフォローしてくれるのだろうけど、理屈でないものはしょうがない。


 店の扉が開き、来店を知らせる音が鳴る。堀田は意気込んだ。


「いらしゃ……!」


 あるいは、力み過ぎたのかもしれない。


 客は驚いていた。先輩は何もなかったかのように続けていらっしゃいませ~と言った。フォローしてくれたのだ。でも、いっそ笑ってほしかった。

 まだ始まっていない接客ですらない段階で躓いた。顔が熱い。もしかしたらこの顔の上でポテトは揚げられるかもしれない。その後の注文のやり取りもまた、まともにできた覚えがない。




 何人かの客の相手を無事済ませた。一人目以外は、無事済ませた。


「うん。大丈夫そう。もう、私から教えられることはないね」


 格好つけて指導係の先輩はそう言うが、そんなことはないだろう。


「ここは任せる! なにかあったら呼んで。後ろにいるから」

「は、はい……!」


 先輩が横にいたからひとりでもできた。完全にひとりとなると不安でしかない。のだが、いつまでもそう言っていては成長できない。自分ひとりでも頑張ろう。


 決意を新たに自分を鼓舞する。来客に音で気付き、堀田は明るく言う。


「いらっしゃいませ~!」


 しかし現れた相手に、堀田の表情は固まった。


「……ぶはっ」


 そこに立っていたのは幼馴染みの、新井久司だった。


「なんであんたがここにいるのよ」


 接客モードから切り替わる。久司はヘラヘラした顔で近づいてくると、


「教えたのはお前だろ」


 カウンターに手を置いて体勢を預けた。


「それともなんだ。ここは客を選ぶのか。差別するのか。ネットに書いちゃおっかな~」

「客は選ばない。差別もしない。ただ冷やかしで来るような人を、客だと判断していないだけ。区別なの。それと、教えたけど来いなんて言ってない」


 ジッとねめつける。

 新井は肩をすくめた。本当に客として来ただけで、部活終わりの小腹を埋めに来たとかなら、堀田のいらっしゃいませを笑ったりしない。バイト姿をからかいに来たのは明白だった。


「じゃあ、注文すればいいんだろ? もともと、そのつもりだったし……」


 新井は反論の代わりにメニュー表へ目を落とす。


「えぇっと……」


 なんて迷っているが、頼まれる前から堀田の指は動いていた。


「ダブルチーズバーガー」

「コーラね」

「ポテトは」

「L。……でいいんでしょ」

「おう!」


 堀田は溜め息交じりに言った。


「夕飯、食べられるの?」

「今日は外で食ってくるって言った。梨沙は?」

「えっ、奢ってくれるの! 優しい!」

「言ってない」

「初出勤のお祝いもらってないんだけど」

「バイトしてるお前の方が金はあるだろ!?」

「まだ一日目なんだから、あんたと同じ」


 はあ、とひとつ溜め息ついて、新井は手を振った。好きにしてくれとのこと。押しに弱いところが新井の魅力のひとつだ。


「私、あと十分。19時上がりだから。適当に座って待ってて」

「しなしなになるの嫌だから、早くしろよ」


 しなしなのポテトが嫌なのは堀田も同じだ。家でも復活できるらしいが、面倒だ。


「ひとりで食べないでよね」

「それは保証しかねる」


 代金をもらい、精算。レシートとお釣りを渡す。


「あ、そうだ」


 レジのとなりで呼び出し番号が光るモニターを見上げながら新井は、思い出したかようにこちらへ向き直った。にやりと笑顔は、嫌な予感しかしない。


「スマイル、ひとつ」


 嫌な予感は的中。しかし堀田も強かだ。


「あんたに出すスマイルはない」

「やっぱり差別じゃん!」

 

 なんて言い合っていられるのも他の客がいないから。次の客が来たら堀田は真面目に接客モード。新井がそれを茶化すことはなくスマホを弄る。後ろから別の店員が商品を持って受け渡しすれば、新井もそこに突っ立っている道理はない。奥のテーブルを確保しに行くと、お互いの姿は見えなくなる。


「番号でお待ち下さい」


 接客スマイル。客がいなくなった。時計は19時を一分過ぎた程度。後ろのキッチンに引っ込み、先輩へ声をかける。


「レジ、お願いします」

「あ、そっか。もうあがりか」

「はい。お先です。お疲れ様でした」

「おつかれ~」


 バックヤードに戻り、ロッカーで店の制服から学校の制服へと着替える。疲れを押し出すようにそっと息を吐き、小さな鏡の前で軽く笑みを作る。店員から堀田梨沙に切り替え、バックヤードを出た。


「お待たせ」


 見慣れた後ろ姿に呼びかければ、むすっとした新井が文句をぶつけてきた。


「遅い」

「だからお待たせって言ったんじゃん。ポテト冷めてる?」

「冷めてない」

「ならいいじゃん」

「こんなご馳走を前に待たされた俺は生殺しの気分だったんだ。この店はどういう教育をしてる!」

「私もう店員じゃない。勤務時間外」


 ひとりで食べるなと言ったのは堀田だが、べつに食べていても文句は言わない。ふたりの関係はそんな浅い付き合いではないのだ。


「あ、私もお母さんに連絡しないとだ」


 腰掛けながらスマホを取り出し、連絡をする。むすっとしていた新井も不満は言って満足したのか、


「いただきます」


 手を伸ばした。

 母親からの了解の返信は目に映すだけに留めた。返信はしなかった。


「いただきま~す」


 空腹には勝てないのだ。


「うまっ。やっぱりいつでも美味いなマックは」

「ここをバイト先にしたの大正解。帰りに食べてける」

「でもあれじゃね? 普段、ここに入りづらくね?」

「それは考えてなかった」


 目から鱗だ。

 ここは駅ビルに内包されている。駅だ。移動のためにも来るし、遊びにも来る。ふつうに食事として寄って、バイト仲間と鉢合わせ。べつに悪いことではないのだが、なんとなく、気恥ずかしい気がする。


「まっ、そん時は俺が注文をしてやろう」

「休日まで一緒の想定?」

「いや。注文だけする。注文の時にだけ、参上する」

「なにそれ」

「報酬はセットひとつでいい」

「分給1000円弱。なんて楽なバイト」


 楽しく笑っていると、ふと、思う。はたから見たら、どんな関係性に見られているのか、と。


 新井とは幼馴染みだ。小中高と一緒。だけでなく、家もとなり。小学校低学年の頃は、親が心配だからと一緒に登校させられていた。手まで繋いでいたらしい。記憶にはないが、写真にはある。中学生になってからは一緒に登校なんてしなかった。いわゆるそういう時期だったのだ。それに、向こうは部活の朝練があって、時間が合わなかった。早起きして一緒に行けば? とこっちの母親が言って、新井の母親もそれはいいと頷いたこともあったが、新井も堀田も首を横に振った。やっぱり、そういう時期だったのだ。

 高校生になって、つまり現在。時間を決めて一緒に登校することなんてないし、新井はサッカー部所属でそもそも下校時刻は別。だが、強いて時間をずらす、なんてこともなかった。


 中学生の頃から新井はサッカー部だったわけなのだが、毎日朝練があったわけじゃない。定期考査の時期、文化祭体育祭等イベントの時期、ばったり朝、家の前で会うこともあった。その時は、どちらからともなく、距離を取った。追いつかないよう、絶妙な歩幅を取ったのだ。

 疎遠というほどでもなく、親密というほどでもない。用件があれば普通に会話するし、受験勉強も共にした。言葉に表すのに困る関係性だったのだ。


「帰りながら食うか」


 顔を上げる。周りは騒がしかった。


 堀田がレジ対応している時は、並んでも精々ふたりに過ぎなかった列。それがいまや、もうひとつのレジが解禁されても捌き切れていなかった。夕飯時だ。仕事帰りや塾、新井のように部活帰りで寄る人が多いのだろう。

 駄弁っているわけではない。まだポテトは半分以上ある。堀田たちがテーブルを確保していても何の謂われもない。しかし、強いて居座る理由もなかった。


 堀田は頷き、バーガーの最後の一口を口に入れる。もぐもぐしていると、


「詰まらせるなよ」


 と言いながら、新井がトレーを片付けてくれた。

 飲み物とポテトを持って、ふたりは店をあとにする。


 中学の頃の友人が、いまの新井と堀田を見れば驚くだろう。そんなに仲良かったの? と。ふつうの友達に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない関係性。高校に同じ中学出身の男子はいるだろうけど、その男子と一緒に帰るなんてあり得ないし、そもそも顔がわからない。小学校からの友達なら、そういえば家となりだっけ。と、やっと思い出すぐらい。仲睦まじく同じポテトを手にして帰っていると想像するのは、難しいだろう。


 仮入部のこの期間はどうやら、一年生にはまだ朝練の参加が解禁されていないらしい。なので、自然とふたりの登校時間は近かった。下校も一緒になったこともあった。その時、ふたりは肩を並べたのだ。単純に、敢えて避けるのが馬鹿馬鹿しかったからだ。つまり、そういう時期を乗り越えたのだ。

 友達を朝、目にしたら声をかける。道が同じだったら一緒に帰る。友達と一緒で何が悪いというスタンスになった。それでも揶揄するような人のことは、無視すればいいのだ。高校生になってまで、幼稚すぎる。


「それで? サッカー部はどう?」


 ぱっと明るくなった。が、右肩下がりに暗くなっていく。


「楽しい! でも……ま、当たり前だけど、先輩たちが強ぇな。身体の構造が違ぇんじゃねぇかってぐらい」

「新井でそう思うんなら、私からしたらなに? 怪物? 怪獣? モンスター?」

「どれも同じじゃねぇか」


 屈託なく笑う新井の目は輝いている。


 中学から始めたサッカーに新井はドハマリしている。普段は男らしく、身体もガッチリと逞しいのだが、サッカーを話す時の新井は無邪気な少年のようで可愛らしい。そのギャップも魅力のひとつだ。新井のせいで、サッカーに詳しくなかった堀田もすっかりルールは頭に入り、日本代表や世界で活躍する選手の名前ぐらいは言えてしまっている。


「三年はすぐ引退でしょ? レギュラーとか取れそ?」

「それは無理。そもそも人数が違う。中学の全校生徒と、高校の全校生徒。桁違いだからな」


 一学年三百人強。それが三学年分あって約千人。それが高校。中学の時は一学年百人で全校三百人だった。新井の言った通り。正に桁が違う。


「絶対、卒業まで同級生覚えられない」

「全校生徒から覚えられる人はいるだろうけどな」


 誰のことを言っているか、見当は付く。


「天知さんのことでしょ」

「そう」


 すでに覚えられているだろう。全校生徒はもちろん、教師や事務員の人まで全て。ひょっとすればこの街に住む全員、織田市民が認知しているかもしれない。来年、再来年の新入学生の受験理由は、天知しろあがいるから、であっても、驚きはしない。


「今日も天知さん! サッカー部見てたぞ~」


 にたにたしてる。気持ち悪い。


「俺がシュート決めた時も笑って喜んでくれてたんだ。あれは絶対、俺を見に来てるんだろうなあ」

「鼻の下伸びてる」


 気に食わないので抓ってやった。


「いだだだ。ほっぺ取れちゃうよ」

「明日返してあげる」

「こぶとりおばさん!?」

「誰がおばさんだ!」


 べちんと頬が指から離れる。丸く赤い跡になった頬を、


「およよよ。明日誰かが頬三つになる……」


 優しく撫でている。


「でも実際、天知さんがサッカー部を見てるとは限らないでしょ」

「いいや。視線が、顔の動きが、サッカー部のボールを追いかけてる。あれは絶対、サッカーに興味がある。サッカー部に興味がある。サッカー部員の、俺に、興味がある!」

「最後だけ飛躍した」


 サッカーに興味があって、サッカー部に興味があるまでは同意できる。サッカー部員に興味があるというのも、まあ、ギリギリ理解できる。が、新井久司に興味があるというのは突飛な発想だ。べつにクラスが一緒なわけでもないし。


「とは言うものの、まあ、本当にサッカー部を見てるかどうかはわからない。梨沙の言う通り、あそこからだったらテニス部とか陸上部とかの方が近いからな。サッカー部を見たいんなら、こっちまで来ればいいんだし」

「いろいろ見て回ってるのかもしれないしね」

「ああ」


 堀田は新井の話に合わせた。見学期間だから見て回ってるのだと、もっともらしく述べてやった。

 天知が見ているのはサッカー部で、もっと言えばサッカー部員の誰かであって、遠くからひっそり見ているのは、近づくとサッカー部がサッカーをしないからであるということも知っているが、言わなかった。


「それに、もし仮に天知さんがサッカー部員を見てるのだとしても、可能性が高いのは三浦くんだろうしね」

「よし、もうこの話はやめよう」

「タオルを渡すのも、ボトルを渡すのも、新井じゃなくてまず三浦くんだろうね」

「ぐ、あぁああ……!」


 心臓を握っている。辛いようだ。いい気味だ。好きな人が、別の異性を想っている。もっとその苦しみを味わうといい。

 スカッと爽快の気分で、堀田はストローを吸う。


「三浦、彰……あいつ……サッカーもめちゃくちゃ上手いのに、顔もよくて、勉強もできる、らしい……。しかも、モテるとかなんとか……」


 勉強ができるというのはどこ発信だろう。まだ定期テストは行われていない。初授業は軽い挨拶と説明で、小テストのようなものはしたが、返却はまだされていない。誰が勉強ができるのかできないのか、そういった組分けはまだ誰にもできないはずだが。


「うん。天知しろあとピッタリ。やっぱりお似合いだね」


 それでもひとりだけ、例外がいる。それは天知しろあ。天知しろあは勉強ができる。なぜなら、入学式で新入生代表に選ばれたから。新入生代表は受験の点数で決められるらしい。それが事実なら、天知は一年生で、一番勉強ができるのだ。

 もしも三浦が、天知に匹敵するレベルで頭が良いのなら、それでいて人望もあってサッカーも得意で顔も良いのであれば、やっぱり一年生で最もお似合いな理想的なカップルとなるだろう。


「新井は足元にも及ばないよ」


 両膝ついて両手ついて、四つん這いで悲しげな背中を撫でてやる。


「梨沙も……三浦がイケメンだと、思うか……?」


 悲しげな背中は顔も同じらしく、涙ぐんでいた。


「え、うーん……」


 正直言えば、わからない。三浦彰という男子がイケメンだとかいい男子だとかうわさはあった。天知ほどではないが、聞いたことはある。しかしわざわざ見に行こうとも思わない。もしかしたらすれ違っているのかもしれないけど、それが三浦彰その人なのかはわからない。

 だが。


「うん。イケメンだと思う。新井よりは、ずっと。ちょうどいいね」

「う、う、うわぁああん」


 最後の言葉は聞こえているのかいないのか。


 まあ、ともかく、ちょうどいいのだ。天知の相手を新井が務めるには、荷が重い。天知の相手は三浦に担ってもらうとして、新井には、自分の相手を務めてもらうぐらいが、ちょうどいいのだ。




 金曜日になった。


「あ、お待ちしてました」


 金曜日になって、朝一番。まさか他の誰でもなく、天知しろあと話すことになるとは思わなかった。


「あ、う、ん……」


 ぎこちなくなってしまう。

 校門に入っていく生徒が、二度見やガン見をしている天知しろあ。明らかに誰かを待っている素振りの天知しろあ。彼女の待ち人が自分だなんて、毛ほども思わなかった。つい、周りの視線を気にしてしまう。


「先日のお返事、渡そうと思って」


 校門前だと通る人、皆に話が聞こえてしまう。天知もそれは不本意なのか、どちらからともなく歩き出した。


「これ、お願いします」


 いつもなら、天知いるところに人集りありの状況なのだが、朝は遠慮しているのかそれとも連携が取れていないのか、珍しくひとりだった。いや、人集りに連携とはなんだそれ。などと自分で自分にツッコんでいれば、天知は一枚の紙が出してきた。堀田は考える間もなく受け取る。


「ギリギリになってしまって、すみません」

「いや、それはいいんだけど……」


 それよりも、この状況がいたたまれない。周囲からの天知への視線。おこぼれが堀田に流れ込んでくる。そのおこぼれですら、堀田には経験したことのないことだ。

 となりにいるの誰? という興味の視線。興味だけならまだしも、美少女のとなりに立つと自分がみっともなく見えてしまう。劣等感というやつだ。比較されていそうな気が、しないでもない。

 天知しろあとは友人ではない。用件が済めば、向こうも話すことはないのだろう。クラスが違うのだから下駄箱も違う。生徒玄関に入ったタイミングで、


「では」


 お別れされた。


 では、というのがお別れの挨拶として存在するのは知っていたが、使っている人を見たのは初めてだ。しかもああもナチュラルに。

 後ろ姿だけでもひとりオーラが違う。下駄箱を前に駄弁る生徒やすれ違う生徒。皆が一度は視線を向けてしまう。それでも気負う素振りは見せなかった。別格だ。

 堀田は手にある入部届に目を落とす。名前と、サッカー部への入部を希望している。字まで丁寧だ。それを堀田は、握り潰した。

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