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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
18/19

お似合いカップルらしい


 先週の金曜日に行われたテストは月曜日の段階では返されなかった。教師の、


「まだ採点終わってないから、テスト返却はもうしばらく待ってくれ」


 と、授業開始の挨拶前に言われたとき、教室の張り詰めていた空気は一斉に緩んだ。しかし先週の月曜日に行われたテストは、採点する時間が優に一週間とある。教師の、


「じゃ、今日はテスト返すぞー」


 と、授業開始の挨拶前に言われたとき、教室の張り詰めていた空気は、一斉に重苦しくなった。


 とはいえ三浦のテストはそこまで悪くなかった。月曜日のものだからだろう。メンタル面に支障をきたしたのは、倉賀野の一件があった水曜日からだ。集中していてもどこか邪推してしまい、焦燥感や不安に襲われていたので、普段はしないであろう凡ミスをしたことは、否定できない。


 そんな生徒の内心は一切推し量らず、担任は六時間目に言った。


「六月の頭に、球技大会がある」


 素直に喜ぶ脳天気なクラスメイトはいなかった。テストで気落ちしているからだ。まだまだテストは終わっていないからだ。返却までが中間テストだからだ。


「今日は、それぞれ種目を決めてもらう。じゃあ、学級委員。頼んだ」


 三浦は席を立った。一年三組の学級委員男子は、三浦だ。自ら立候補した。顔と名前を覚えてもらいやすいからだ。


 壇上に立つ。女子の学級委員である佐藤は控えめで、おそらくじゃんけんで負けて押し付けられる形で学級委員になったのだろう。大勢のクラスメイトを正面から受け止めるのは苦手なのか、下を向いている。


「じゃあ、僕が進めるから。佐藤さんは、黒板に種目を書いてもらって良い?」


 二、三度、素早く頷く。佐藤は教師に渡された一枚の紙切れと黒板を交互にし、種目とそれぞれ定員を記していく。書くスピードに合わせて、三浦も進行を始めた。


「みんな」


 まず呼びかけ、そして紙切れを指で叩く。


「ここには球技大会の名目が書かれている。どうやら、クラス内の人間関係の促進……が、球技大会をやる理由らしい。つまり、もっとみんな仲良くなれってことだ」


 学校生活は、一ヶ月と半分が過ぎた。一年生は顔も名前も知らない四十人との生活を余儀なくされている。二年生もクラス替えがあり、仲が良かった人と離れてまた一からの関係作りを求められている。三年生にクラス替えはないが……まあ、彼らにイベント事を素直に楽しめるとは思えない。


「僕たちはどうやら、学校側に仲が良くないと思われているらしい」


 三浦の顔と名前は、おそらくクラスメイトに覚えられている。クラス外にも、うわさは流れている。天知しろあ並みではないが、一年男子の中では最も顔が広いと言っても過言ではない。


「これは到底許せる事態ではない!」


 それでも三浦は、クラスメイトの全員を把握しているわけではない。来る者拒まず去る者追わず精神な三浦は、クラスメイト全員と会話もしていない。だから、仲が良くないと言われてもあながちそれは間違いではないし、仲がいいと言われるほうがおかしかったりする。


「だからこれは、他クラス、他学年との争いではない!」


 だからこれは、すべて発破をかけているだけだ。


「僕らの敵は学校だ! 教師だ!」

「よく言ったぞ彰!」


 机を叩いて立ち上がるのは岡部だった。


「その通りだ彰! 球技大会に優勝して、学校に過ちを認めさせるんだ!」


 続くのは前野。予め打ち合わせてしていたかのように、ふたりは乗ってくれた。


「絶対勝つぞー!」


 拳を突き上げる。ノリのいい男連中が、おー! と野太い雄叫びを上げる。

 他クラスにもこの気迫の声は届いただろう。すでに先手は打ったようなもの。三浦たちはリードしている。一致団結という大きなリードだ。

 担任はやれやれと首を振るに留めた。何も言ってこなかった。敵が学校だ教師だなんだと強い言葉を使ったが、冗談だと見過ごしてくれているのだろう。三浦だって、本気で言っているわけではない。所詮、ただの学校のイベントだ。勝っても内申点が上がるわけでも、金がもらえるわけでも、テストに色をつけてもらえるわけでもない。




 各々、クラスメイトが希望する種目に自分のネームプレートを貼っていった。定員が溢れたところは話し合いの結果、じゃんけんをすることになる。負けた人は残っている種目に入ってもらうことになった。


 三浦も定員オーバーになった。

 三浦は岡部と前野と一緒に、サッカーを選んでいた。定員は十三人だ。交代要員二人。フィールドに十一人となれば、責任も分散する。中にはやる気のない人もいるだろう。無理をさせることはできないので、まあいい。当日、直前にサボりさえしなければ。

 三浦たちは見事、じゃんけんに勝利を収めた。前野と岡部も一緒に勝ち残った。とはいえ、三浦もひとりでサッカーをやる気はない。誰かひとりでも負けていたら、三人でべつの種目に希望を変えていただろう。


 話し合いやじゃんけんを経て、三浦は黒板の内容を紙に書き写していく。どの種目に誰が参加するかを記入していく。その作業は、放課後まで片足を突っ込んでいた。

 三浦がペンを動かし、佐藤がとなりで確認作業を行っていく。三浦の作業が終わり、ふうーと身体を伸ばして息を吐き出すと、すこしして佐藤もうんと頷いた。


「大丈夫だと思う。あとは職員室に提出するだけだね」

「そっか。ありがとう。僕が持っていくよ」

「え、でも」


 気遣ってくれる。だが、


「そのまま部活に行くから。佐藤さん、遠回りになっちゃうでしょ?」


 たしか、佐藤は吹奏楽部だった。それだと、一階の職員室に降りてから、また四階まで上る羽目になってしまう。それなら、どうせ二階の生徒玄関から外に出る三浦が持っていったほうが、手間が省ける。


 効率を考えた結果であって、決して佐藤にいいところを見せようなんて意図はない。しかし佐藤は、はにかんだ。


「ありがとう。じゃあ、お願い」

「うん。また明日ね」


 カバンとエナメルバッグを両肩にかけ、教室をあとにする。そして、三浦は密かに拳を握った。一年一組のパネルの下、教室の扉をそっと閉める姿に声をかける。


「天知さん」


 天知はゆっくりふり返った。


「こんにちは、三浦くん。まだ部活に行ってなかったんですか」


 こんにちは、なのか。ごきげんようとの差は何なのだろう。距離感の違いなら嬉しい。親しくなればもっとフランクになってくれるかもしれない。いつか、使い分けが判別できることを胸に秘めながら、三浦は天知が胸に抱える紙の束に目を落とす。指をさした。


「たぶん、一緒」


 紙の束を持ち上げる。ふわっと天知は微笑んだ。


「では、一緒に行きましょう」


 願ってもないことだ。

 一年一組の教室では、男子が壇上に立って黒板消しを当てている。扉についた四角い窓から、一瞬だけ目が合った。羨ましがっているようだ。


「僕だったら……」

「はい?」

「あ、ううん。なんでもない」


 もしかしたら、天知も三浦と同じやり取りをしたのかもしれない。黒板を消す人が必要だから、そのまま帰るから。役割分担をするのは当然の帰結。それでも、三浦だったらきっと、天知と一緒に職員室まで行っただろう。素直にもうすこし話したいとか言って。それを恥ずかしがって絶好の機会を捨てたのだから、変に嫉妬しないでほしい。いやまあ、恥ずかしがってくれたおかげで、こうして三浦はふたりきりになれたのだから、ここはありがとうと言うべきなのか。


「天知さんも学級委員だったんだね」

「はい。なんとなく、そういう空気だったので」

「たしかに、天知さんを差し置いて立候補はできなさそう」

「すこし申し訳ないです」

「なんで?」

「学級委員というのは、皆さん、やりたい委員だったようなので」


 天知からふざけている気配はしない。三浦も真面目に訊く。


「どうして?」

「男子の学級委員は、全員が立候補しましたので。話し合いには応じず、じゃんけんもまるで、今後の命運が別れるかのような熱量でした。ですので、きっと、女子の皆さんにもやりたい人がいたと思うのです。しかし空気が、わたしを推していた。日本人のよくないところですね。……人間社会の、というべきでしょうか」

「そこまで重い問題ではないと思うけど」


 たしかにそういう空気だから、と身を引く、遠慮するというのは日本人の特性である。いいところでもあり、悪いところでもある。しかし学級委員の選定からそこまで広がるとは……。というかそもそも、


「それに、学級委員ってべつに、やりたいものじゃないと思うよ」

「え?」

「一年三組は、僕以外男子、誰も手を挙げなかったしね。僕が立候補したとき、みんな内心では、よかった……ってなってたと思うよ」

「本当ですか?」

「うん。女子なんて、誰も手を挙げなかった。じゃんけんに負けて、たぶん僕と同じ学級委員は、嫌々やってると思うよ」

「ではどうして……」


 本当にわからないのだろうか。真面目に考え耽るその横顔に、惚けているのでもまあいいか、と思ってしまう。


「それは、天知さんがいたからだよ」

「わたしが?」

「うん」


 天知は目を瞬かせた。横顔を覗き込む。さらに深く考え込んでいる。


「気になってる女の子とふたりきりの委員になれるんだったら、多少なりとも嫌な仕事でも立候補するものだよ」

「それは、なるほど。理解できます」

「僕も、学級委員になっててよかったって思ってる。立候補したあの日の自分を褒めたい」


 ちらと横目にする。


「天知さんと、こうして会話できるんだからね」


 そっと微笑んだ。


「それは、わたしも同感です」

「え?」

「三浦くんのうわさはよく耳にしていますから、一度きちんとお話したくて」


 うわさ。

 どういう行動を取ればどういったうわさが流れるかは、ある程度読める。教師に楯突けば印象は悪くなるし、天知のように物腰柔らかく丁寧であればご令嬢といううわさが流れる。三浦もその辺りは気を付けている。醜聞の悪いうわさが流れないよう、立ち振る舞いには気を付けているつもりだ。


「どんなうわさがあるの?」


 この返答次第で、天知が抱く印象も知ることができる。


「心配せずとも、いいうわさばかりですよ」


 懸念は表情に出ていたか。見透かされたような気がして、軽く面食らう。

 天知は小首を傾げ、視線を上へ。記憶を辿るようにした。


「クラスメイトに、訊かれたんです。どんな男の子が好みなのかと」


 ごくりと生唾を飲む。それは三浦が喉から手が出るほど知りたいことだ。いや、三浦に限った話ではないだろう。男子だけでもないはず。女子でも気になっている人は多いはず。

 とはいえ、話の腰を折るようことはしない。


「告白を断った直後でしたね。どうやら、その相手は三年生の生徒会長だったようでして。わたしはよく知りませんけれど、この高校の男子だったら一番の優良物件だったとか。たしかに、整っている顔はしていました」


 三浦もその生徒会長は知らない。ふつうなら知っているべきなのだろう。入学式のときに挨拶をしているのだから。しかし、大半が壇上に立つ誰かよりも、同じく整列する天知しろあに注目していた。


「だから皆さん、断るとは思っていなかったようで。天知さんの理想ってどういう人なのかと、詰め寄られました」


 生徒会長なら顔も広く人望も厚いだろう。天知が整っているというほどの顔だ。男子一の優良物件なら、勉強もできてスポーツもできて、どこかの御曹司かもしれない。


「なんて答えたの?」

「わたし思うんです。理想のタイプだから好きになるというよりも、好きになった人が理想的だったのだと。だからわたしの答えは、好きになった人が理想のタイプ、です」


 わかりますか? と目で訊かれる。三浦は渋々頷いた。


「まあ、わかるよ。ただ、あんまり嬉しくはない答えだね」

「なぜですか?」

「だってそれって、どう足掻いても無理ってことだからね」


 天知は小首を傾げた。その訊いた女子も、周りで聞き耳立てていた男子も、さぞかしショックだっただろう。もしも天知が具体的なタイプを語っていれば、たとえばメガネが好きだと言ったら翌朝から全員メガネをかけていただろうし、長髪が好きだと言ったら全員カツラでも被ってきていただろう。

 しかしいまの天知の解答では、それができない。こちらからのアプローチは無意味だと言われているようだ。


「そういえば、天知さんには許嫁がいるって聞いたことがあるよ」

「許嫁。特にそういう方はいませんね」

「じゃあ、彼氏がいるとか」

「彼氏。それもいませんね」


 ならやはり、理想が高いのだろう。三浦もせっかくふたりになれる口実を得られたのに、突破口はすぐさま封じられてしまった。まあ、地道にやるとしよう。


「そういう三浦くんこそ、どうなんですか」

「僕?」

「ええ。わたしの理想を訊いてきたクラスメイトの方が、あなたのことを勧めてきたんです。一年生だったら三浦くんが……と」

「へえ」


 そこでうわさを耳にしたのだろう。女子の間でいい男だとうわさされて嬉しくない男がいるはずもない。


「その子は、どんな風に言ってたの?」

「男女分け隔てなく接するし、サッカーも上級生とレギュラー争いをしてる。頭もいいし顔もいい。爽やかイケメンだと言っていました」

「すごいな」

「違うんですか?」

「うーん。せっかくだし、そういうことにしておこう」


 謙遜はするが、良く言ってくれてるのだから強いて否定することもない。


「一年生の間では、お似合いカップルらしいですよ」

「それは、僕と天知さんが?」

「ええ」


 在校生の中では生徒会長が一番いい男子らしいが、一年男子の中では三浦彰が一番いい男子らしい。


「嬉しいけど、正直天知さんと釣り合ってる気はしないね」

「それは残念です」

「でも諦めはしないよ。いまはまだ釣り合ってないかもしれないけど、いつかは天知さんに見合う男になるつもりではある」


 かなりわかりやすく意思表明をしたつもりなのだが。

 拳を握りしめて意気込む三浦のとなりで、天知はそっと笑った。まるで子どもをあやすかのように。


「楽しみにしてますね」


 このぐらいの駆け引きは経験しているのだろう。いままでにない強敵になりそうである。


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