予後、よくない展開
中間テストは無事、終わった。無事終わったのだが、テスト期間中はしばらく、気まずい空気が流れていた。
倉賀野の家族に不幸があったかもしれない。両親が事故にあった、学校に連絡がくるほどの重傷だった。危篤かもしれない。
水曜日に倉賀野が学校へ来たことに、三浦たちは胸のつっかえが取れたような気分になった。とはいえ、だからといっていままで通りの接し方はできない。家族は無事だった? なんて訊けるはずもなく、素知らぬふりをして放課後誘えるほど、三浦たちが知った事情は軽いものではなかった。単なる推測ではあるが、そうかもしれないと躊躇するには、三浦たちが色恋に浮き足立っていたという事実が尾を引いた。
結果、前野の計画は自然消滅。三浦、前野、岡部はこの一週間を、三人で静かに過ごした。
中間テストが無事終わり、週明け。いろいろと変化があった。
「早瀬」
朝の登校時間。朝練を終えて教室で一息ついたところで、岡部は早瀬を呼ぶ。早瀬は傍らの倉賀野と佐々木にごめんと断りを入れてから、駆け寄ってくる。
「なに?」
呼んだはいいもの、さてどうしようか。誰から、何て切り出そうか。それぞれ目配せする。
早瀬が怪訝そうな目をした。聞き出せなくなるのは本望ではない。仕方ない。
「あれから、どうなの? 倉賀野さん」
三浦は言った。
早瀬は口許に指を当て、小首を傾げる。岡部はその焦らしに耐えかねて、逸る。
「親とか、大丈夫なのか? 倉賀野と、ふつうに接してるけど」
そう。三浦や岡部や前野が手をこまねいている間に、早瀬と佐々木はいつも通りの関係に戻っていた。そして、女子三人とはほぼ疎遠状態。女子たちは三浦たちに声をかけないし、三浦たちも倉賀野がいる手前、話し掛けづらい状態にある。仲良し六人グループは男女で別れていた。
勇気を振り絞って早瀬を呼んだというのに、早瀬に気まずさはなく、変わらず快活に笑う。
「大丈夫らしいよ」
一言で済ませる。早瀬たちもあまり深くまでは追及していないのか、それとも……。
「もう、いい?」
「あ、ああ……悪い」
いつもなら、ここに佐々木と倉賀野を呼ぶか、呼ばずともふたりから来るようなものだが、こちらには目もくれずに談笑している。戻りたいと言外に込める早瀬を、岡部も引き留めることはできなかった。
なんとなく気まずさ、違和感を引きずったままの朝を迎える。それが如実に表れたのは、二時間目の移動教室だった。
トイレに席を立った三浦が用を足して外へ出ると、倉賀野の後ろ姿を見た。そのとなりには、もうひとつの後ろ姿があった。男子だった。移動教室を共にしているのだから、クラスメイトなのだろう。つまり、三浦ともクラスメイトのはず。しかし、誰だったか。わからない。
後ろ姿だからだろうか。それもある。だが、倉賀野が男子と仲良くしている姿は見たことがない。まあ、倉賀野のことをそこまで把握している自信はないので、どこかで仲良くしていても気にしなかった可能性は多いにある。のだが、しかし。
「……誰だ」
それは、となりの男子よりも倉賀野に向けた言葉だった。
倉賀野を、初めて見た気がしたのだ。
おかしな感想を言っていることは理解している。いままでの倉賀野が偽物だったとでも言いたげである。しかし、あの倉賀野はまるで別人だ。あんな笑顔は見たことがない。あんな風に笑えるのなら、三浦の中での倉賀野の印象もがらりと変わる。受け身で自分がなくオドオドしている印象だったが、ずいぶん積極的に話していて、見た目にふさわしい明るさを手にしている気がする。
「……ぐぎぎぎ」
はっとする。トイレ前で呆然と眺めていると、横で歯ぎしりのような音が聞こえた。男子トイレのとなり、女子トイレからだった。
「……誰だ」
これもまた、誰だろう。
いや、知っている。知っているのだが、見たことのない顔だった。いつもの可憐で柔らかい印象はなく、そこには激情に駆られるトゲトゲしい般若がいた。般若が壁に齧り付いているのだ。
「……はっ!」
三浦の視線に気付くと、般若こと天知しろあは一旦トイレに引っ込んだ。澄ました顔で、手をハンカチで拭いている。
「あら、三浦くん。ごきげんよう」
ごきげんよう。初めて耳にする挨拶だ。
すでに倉賀野とクラスメイト男子Xの姿は見えない。天知に合わせて、さっきのは見なかったことにしよう。
「ごきげんよう、天知さん」
あれはやはりなにかの見間違いだったのではないか、と思うほどに恭しく、天知は会釈した。
「あれ以降、どうですか」
それが何を指しているのかは言わずとわかる。いまのところ、天知と三浦の繋がりはひとつしかない。
「ああうん。なんだか、ぎくしゃくしてるよ。僕らも声が掛けづらくて。なんて声をかければいいかもわからないし」
「倉賀野さんのほうはどうですか?」
「どうなんだろう……」
三浦が気にしているのはグループのことであって、そこまで倉賀野のことは気にしていない。
「でもまあ、なんだか吹っ切れたような感じはするよ」
「そうですか。それはよかったですね」
よかったのだろうか。吹っ切れたということは、吹っ切るなにかがあったということなのだが。それが家族の不幸ということも……あり得る。果たしてそれは、よかったと言えるのだろうか。
「さっきも、いい表情してたしね」
「そうですか。それはよかったですね」
なんだか、怖い。やはりよかったとは思ってなさそうだ。三浦と同じく、倉賀野にそこまでの思い入れはないのだろう。こうして訊いてきたのも、予後が気になるからといった程度に過ぎないのだろう。繰り返された言葉に変わらない表情だが、どこか凄みがあった。
すると、予鈴が鳴る。
「もう授業が始まりますね。では」
「あ、うん。またね」
ぺこりと頭を下げる天知に、三浦は軽く手を上げた。
「……って、まずい!」
そう、三浦の次の授業は、移動教室だったのだ。天知は三十秒とかからず教室に戻れるかもしれないが、三浦はそうはいかない。遅刻だった。




