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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
15/17

嫌われ役の押し付け


「あら、予鈴ですね」


 天知が語ったのはあり得そうな仮説に過ぎない。妄想と切って捨てられるものだ。だから天知が、語った張本人なのにことさら明るく振る舞っていても、べつに咎められない。冗談と言われればそれまで。

 しかし、この場の五人。三浦含めた五人に、仮説だと思うことも、妄想と切って捨てることも、冗談だと笑い飛ばすこともできなかった。いままでの前野の喚きが倉賀野に申し訳なくなって、誰も何も言えなかった。むしろ、いまの五人にとっては、天知の語ったそれが真相に思えてならなかったのだ。


「お腹も空いてきました。そろそろ、失礼します。皆さんも、この隙に帰るのをおすすめします」


 では、と一礼して、天知は去った。いつもの微笑みだ。

 教室を出て行った天知。三浦はようやく消化を終えた。そこで、追いかける。天知しろあのクラス、一年一組。ふたつとなりの教室を追いかける。扉ががらがらと音を立てた。中にはひとりだけ、生徒の姿がある。学生用カバンに筆箱を入れていた天知しろあは顔を上げると、三浦の姿を認めて、やはり綺麗に微笑んだ。


「まだ、なにか用が?」


 口を開くもどう言えばいいのか迷って、けっきょく三浦は力なく笑った。

 すると、天知の方から話を進めてくれる。


「三浦くんの望んだ通りになったと思いますけど」

「まあ、そうだね。うん。これで、光輝のネガティブはなかったと思う。いまはみんなで、沈んでるけど」


 溺れる前野ひとりを助けようとして、五人で沈んでしまった。誰も励まさないし、誰も助けない。


「文句は受け付けませんよ」

「もちろん。文句は言わないよ」


 カバンを肩にかけた天知は、教室を出る。


「すみません、人を待たせているので」


 そう断りを入れて。

 だが三浦の話はまだ終わっていない。ついていく。


「こちらから行きますか」


 一年三組の前を通るほうではなく、生徒玄関からは遠回りになるが、北階段を選ぶようだ。同時に、同行も許可された。


「ひとつ、疑問があるんだ」

「なんでしょう」

「よく知っていたね」

「はい?」

「倉賀野さんが、青ざめていた、怯えていたって」


 北階段の最上段、一段目。そこに足を伸ばして、手すりに手を伸ばして、天知は固まった。

 階段を降り始めたので、三浦も続ける。


「僕らは、天知さんにそんなことを言ってない。光輝も、俺を見て気まずそうに目を逸らしたとしか言ってない。青ざめた、怯えたって言ったのは、佐々木さんだけ。それも、天知さんが来る前に、一度だけ」


 これはいったい、どういうことだろう。三浦にはよくわかっていない。わからずに、天知が繰り返したのをおかしいとだけ感じ取っていた。


「それに、僕が天知さんにお願いして、あの答えに導いてもらったことになってるけど、よく考えるとそれもおかしい」

「どこがでしょう」

「僕がお願いする以前に、天知さんはその話をしようとしていたんじゃないの?」


 三階を過ぎる。二年生が昼食を取っているのだろう。テストの合間に得た休息ですこし騒がしい。


「そういう風な、話をしていた気がするんだ」


 最初から、天知はスマホが使えず、でも連絡を受け取れる方法について話を展開しようとしていた。前野に邪魔をされていなければ、三浦が頼む間もなく、すでにあの結論を披露していたのではないか。


「それだと、なにか?」

「たしかに、べつに問題はない」


 けっきょく、三浦が頼んでも頼まなくても、辿る結末は同じだった。なら問題はない。しかし違和感だ。これでふたつの違和感なのだ。見過ごすにはあまりある。


「わたしからも、ひとつ。よろしいですか」

「もちろん」


 天知からの質問を受けられるなんて、光栄だろう。彼女の興味を惹いたということなのだから。


「本当は、倉賀野さんは前野くんたちを避けていたんじゃありませんか?」


 どういうことだろう。彼女の表情は見えず、真意も見えない。


「だったら、なんで早瀬さんの誘いには乗ったんだろう。乗って、ドタキャンなんてしたんだろう」

「さあ。それはわたしにもわかりません。あいにく、倉賀野さんとは友人でもなければ知り合いでもないので」


 ただ……と、天知は言った。


「ただ、三浦くんを見ているとそんな感じがしたんです」

「……僕を?」


 いったい、どこを見てそんな判断をしたのだろう。


「なにか変だった?」

「変だった。……ええ。そうですね、変だったと言えば変だったんです。三浦くんだけ、前野くんを励ますことも、倉賀野さんの行動の真意を考えることもせず、すべてを無視してわたしに頼んできたんです。納得のいく答えを提示してやってくれないか、と」


 それがなにか? と首を傾げる。


「ふつう、気になるでしょう。前野くんがそこまで落ち込む意味も、倉賀野さんの突飛な行動も。友人なら、一緒に悩んで考えてあげるべきじゃありませんか?」

「……なのに僕は、光輝の目を逸らすようなことをした」

「ええ。三浦くんは、倉賀野さんの真意がわかっていたから、あえて考えなかった。考えて、万に一つでも前野くんが答えに辿り着いてしまうことを危惧したから、早々にわたしに頼んで、目を逸らせるような頼みをした」


 それもすでにご破算と相成ってしまったわけだが。

 まさか、あの天知しろあがより大きな衝撃を残すと思わなかった。言わば、彼女がやったことは毒を以て毒を制する、だ。個人的な恋愛から、人の命に、しかも家族というセンシティブな話題に持って行ったのだから。


「いちおう言っておくけど、僕らは友達だ。正真正銘、ちゃんと友達だ。そう思ってる」

「で、あるならば。三浦くんは、わかっているのでしょう。倉賀野さんの行動の意味が。本当の意味がわかっていて、それを前野くんに伝えてしまえば、辿り着いてしまえば、不運な結果になるとわかっていたからこそ、わたしにそれらしい辻褄合わせの答えを要望した。ですよね?」


 二階に降りる。三年生たちも昼食のようだ。ちらほら廊下にも姿が見え、水道にも人がいる。


「そういうことになるね」

「ということは、あなたはわたしに嫌われ役を押し付けたんです。なぜそんなことを?」


 糾弾よりかは疑問の色が強い。それでも鋭い眼差し。逃れられそうにない。


「天知さんが自分で言ったままだよ。嫌われ役だから。触らぬ神に祟りなしって言うでしょう?」

「言いますね」

「僕が、倉賀野さんはお前を避けて帰ったんだ無理だ諦めろって言って、それでどうなる? わかったとはならない。そんな簡単に諦められるのは恋なんかじゃない。どうやってもどうしても、理屈抜きにほしくなってしまう、それが恋というものだ。もしも諦めがつくときは、本人に直接、断られたときだけ」


 第三者からあの子は無理だよ、と言われて、まあたしかになーと口にはしても、心の中ではどこか諦めがつかない。それが恋というもの。盲目と呼ばれるもの。それから覚めるのは、本人から無理と言われるまで。


「なら、僕が言う必要はない。倉賀野さんはお前を避けて帰ったんだよ、なんて事実を突き付ければ、僕こそ酷いやつになる。友情に亀裂が走って、僕は明日からひとりかもね」


 あの六人グループは五人グループになるかもしれない。


「それで僕の思惑とは裏腹に、光輝が倉賀野と恋人まで漕ぎ着けたら、僕はたいそう惨めになる」


 肩をすくめる。


「触らぬ神に祟りなし。余計なことはしないのが吉ってね」


 三浦が説得して納得させられる可能性とそれで得られるものはかなりすくない。何もないと言ってもいい。だというのに、説得できず納得も得られず、前野が行動を貫いた結果、倉賀野を得でもしたら、三浦は窮地だ。

 そもそも、三浦は作戦に協力している身である。格好だけでも、協力の姿勢を見せ、悩んでやらなければならない。水を差すようなことはできないのだ。

 これが、三浦が天知に丸投げした理由。


「それで、天知さんは?」


 天知は下駄箱から上靴を取り、上履きを仕舞った。


「触らぬ神に祟りなし、と言うでしょう?」


 三浦は、笑った。


「言うね」

「そういうことです」

「そっか」


 なら、なにも言うまい。べつに三浦も強いて知りたいわけではない。前野の計画には協力しているが、成功するまでとは言われていないし、それはちょっと荷が重すぎる。

 天知と関係を持った。お互いに、ちょっとした秘密を握った。これだけで大儲けだろう。

 

 そういえば、天知はこうも言った。

 昨日みたいにマックへ行こう、と。

 早瀬に、倉賀野への誘い文句を質したときのことだ。どうして彼女は、三浦たちが昨日マックにいたことを知っているのだろう。あの場所に、天知はいなかったはずだ。他ならぬ天知が同じ店内にいれば、気付かないはずがない。


 それも含め、触らぬ神に祟りなし、か。


 しかし三浦は、天知へ興味をより強く持った。

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