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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
14/18

優先すべき相手


「なに話してたんだよ」


 ふたりだけでこそこそとしているのは、不信感があったらしい。岡部はどこかトゲのある物言いをする。前野のための作戦会議だというのに。


「前野くん」


 天知はそんな岡部に怯みもせず、前野を呼んだ。


「な、なに」


 俯いていたから明かりが眩しいのか、前野はすこし目を細めた。


「わたしにも経験があります。気になっている人の、ちょっとした言動や表情の変化に一喜一憂する気持ちは、よくわかります」


 黙って聞く。


「好きなタイプを言っているとき、それって自分のことなんじゃないか……とにやけたり、ふいに目が合うと無性に嬉しくなったり。だからこそ、目を逸らされたりすると、どうしようもなく胸が痛みます」


 三浦は、天知に恋愛経験がないと思っていたが、実はそうでもなかったのかもしれない。そう思わせられるほど、いまの天知は切実な顔をしていた。胸が張り裂けそうなほど、悲痛な面持ちをしていた。

 三浦に語りかけているわけではないのに、胸がぎゅっとされる辛さがある。きっと、ほかの四人もそうだろう。当人である前野は顔を歪めている。辛くもありつつ、わかってくれるのかと仲間を見つけた喜びで歪んでいる。

 演技が得意なのだろう。三浦は自分で自分を諭す。なにかあれば、フォローもしなくてはならない。飲まれている場合ではないのだ。


「わ、わかってくれるのか。天知さん……」

「ええ、わかります。よーく、わかります」

「……そう、そうなんだよ。……べつに倉賀野は、俺を見て帰ったわけじゃないのかもしれない。たぶんそうだ。でも……わからない。じゃあ、なんで今日、倉賀野は急に帰ったのか。ドタキャンなんて、いままでしてこなかったのに。ずっと見てた。倉賀野は今日、スマホを見てないはずだ。予定ができたなんて……あり得ない。……もしかしたら、倉賀野に気付かれてるのかもしれない。俺が」

「考えすぎだ。光輝」


 恋をすると人は変わると言うが、まさかここまでとは。ここまで冷静さを保てないとは。


「彰……」


 三浦はゆっくり首を振った。大丈夫、と目で安心させる。


「ですが前野くん。往々にして、こちらが考えているほど深刻じゃないケースが多いんですよ」

「え……?」

「たとえば、前野くんはずっと見てたと言いましたけど、本当にずっと見ていたわけではないでしょう?」

「それは、どういう……」


 と、前野の言葉は弱々しく、途絶えていく。


「前野くんは、倉賀野さんと目が合って、逸らさないでいられますか?」


 沈黙が、答えだった。


「恋人同士ならいざ知らず、片思い相手とふいに目が合って、そのままずっと見つめていることはできません。恥ずかしいですし、なんだか悪いことをしている気にもなりますし、自分の気持ちに気付かれてしまうかもしれないですから」


 実際、前野もそうだったろう。俯いたままだった。


「それは倉賀野さんからすると、心証悪く映ったかもしれないですね」


 これで、前提条件を崩した。天知は言う。


「もしかしたら、倉賀野さんが青ざめていた、怯えていたというのも、もっと違う意味があったのかもしれませんね」


 青ざめていた、怯えていたというのは事実。これは佐々木の発言からもわかる。単に、前野の思い込みだけではない。天知は事実はそのままにして、るつぼに嵌まっている前野へ別の道筋、その可能性を考えるだけの納得いく説明をした。

 土台を作った天知は前野の反応に感触を得たのか、続ける。


「わたしは皆さんからの話を聞いて、ふたつ。考えました。ひとつは、前野くんを嫌っていた。前野くんを避けていたということ。ですが、これは考えにくいです。皆さんは六人のグループなのですから、早瀬さんに誘われた時点で、来ると考えられるのですから」


 はっきりと違うと否定する。ではもうひとつとは。前野も顔を上げて期待を募らせる。


「ならばもうひとつ。それは、急に予定ができたということです」

「でも、それはさっき無理だって話になったよね?」


 三浦は真正面から対抗した。しかし今回ばかりは違った。これはフェイク。

 先ほどのやり取りがあったにもかかわらず、天知はもう一度言ったのだ。であれば、なにか考えがあるはず。彼女はなにかしらの斬り返しを用意しているはず。そう思った通り、天知は頷くと淀みなく続けた。


「ええ。ですが無理だといった理由は、なんですか?」

「スマホが、封印されているから」

「そうです。ですが世の中には、連絡手段はなにもスマホだけじゃありませんよね?」

「……口伝えってこと?」

「はい。歴史を見ればスマホのほうが短いです。皆さんのお父さんやお母さんが学生時代にはありませんでした。祖父や祖母の年代にまで遡れば、駅での待ち合わせには掲示板が活用されていましたね。置き手紙や人を遣るといった方法は、古来からいまでも活用されているでしょう」


 なんだか、歴史の授業でも受けているかのようだ。駅に掲示板? とはなんなのか。人を遣る……というのは、まあなんとなく想像がつくが、今日日耳にしない。


「前野くんは、倉賀野さんを見ていたと言っていました。ならスマホを手にしていないのも見ていたのでしょう」

「あ、ああ……」

「では、倉賀野さんが今日、接触した人のことは?」


 前野は押し黙った。


「倉賀野さんが何かしらのメモを見ていた可能性は?」


 一挙手一投足を見てしまうとは言っても、その内容まで視野を広げることはできない。文字通り、倉賀野が今日一日何をして何を見て何を聞いて、何をして誰と話したのかを知っていたとしたら、それはもう神の領域だ。


「わたしは言いましたよね? 友達との先約を切ってでも、優先すべき相手は」

「家族」


 なんとか、三浦は言った。天知は静かに頷く。酷薄な目だった。


「ええ。ですから、倉賀野さんには、家族からの連絡があったんです」


 すらすらと、淀みなく語る天知。それと相反する酷薄した目。


「それも、スマホを使わない。人からの、伝言形式で」


 なぜか、雲行きが怪しい。


「家族と生徒を繋げられるような人物とは、いったい誰でしょう。考えられるのは、教師ですね」


 教師から、家族のことを伝えられる。ただならぬ事態であることは察せられる。

 天知の次の言葉が、決定的となった。


「倉賀野さんは教師から家族の容態を聞いて、青ざめたのでしょう。万が一のことを考えて、怯えたのでしょう」


 容態。容態という言葉はどんなときに使われるか。


「それって、つまり……」


 喉が乾いていた。生唾を飲む。フルマラソンを走っているときみたいだ。唾液を飲み込むと喉が捲れるような強烈な痛みが走る。


「倉賀野さんの家族。……父か母のどちらかあるいは両方が、事故ないし事件に巻き込まれた、と、そう考えるべきでしょう。病院から学校に連絡が来たのか、無事な片方から連絡が来たのか。そこはわたしの与り知らぬところではありますけれど」


 誰も何も言わない。言えるはずがなかった。

 予鈴が鳴る。きっと、これ以上に予鈴を不吉なものと思う日は、金輪際訪れないだろう。



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