青ざめ怯えていた
「あぁ……この世の終わりだぁ……」
悲壮感を全面に押し出し、この世の終わりに絶望して頭を抱えている前野。
「俺もだ。はあ。小遣い減額だな」
岡部は同情して、前野の肩に手を置く。がしかし。
「テストじゃないだろ」
三浦が言うと、前野は力なくこくんと頷いた。
「なに、光輝まで俺を置いていくのか?」
「いや、テストはダメだったんだろ」
ふたたび前野は、力なくこくんと頷いた。
「じゃあ、何がこの世の終わりなんだ」
ふるふると、涙目で前野は、倉賀野の席を見つめる。そうして机に突っ伏した。
「ああああ! 倉賀野さん、帰っちゃったぁ……!」
学生として、中間期末テストは地獄のレースなのだが、前野に至ってはそれよりも大事なことがあった。それが倉賀野と距離を縮めること。その倉賀野が、今日は帰ってしまったのだ。
「しかも、何も言わずにぃ……!」
そう。倉賀野がドタキャンしたのだ。理由も言わないで。
「まあ、なにかあったんじゃない? やけに急いでる感じだったし」
早瀬はそう言うが、
「本当に? 本当にそう思うか?」
念押しされると、
「……いや、思わない」
苦しそうに本音を溢してしまう。
「ってか、ドタキャンはいいけどさ。理由も言わないのはおかしくない? なんか、らしくないっていうか」
筋が通っていないという観点ではなく、倉賀野らしくないという観点から、早瀬は倉賀野の行動を怪しんでいる。
「というか、あれはなんだか……ひどく怯えてるようにも見えた」
「怯えてる?」
佐々木は深刻そうに頷く。
「青ざめている……みたいな?」
どうだろう。三浦はそこまで倉賀野の行動を注視していたわけではない。ドタキャンされているのだって、前野が喚いたから知ったぐらいだ。
「スマホは? 連絡した?」
「したけど、既読つかないよ」
早瀬も眉を寄せる。倉賀野が、倉賀野らしくない行動を取った。佐々木曰く、怯えていて青ざめていたらしい。いよいよ、心配になってくる。
「きっと俺のせいだ……」
前野は震えた声で言う。
「俺、倉賀野に嫌われたんだ。だから……もう一緒に帰りたくないってことなんだ、うわあああ!」
それは被害妄想が過ぎるというやつだろう。
「なにか嫌われることしたのか?」
「……いいや?」
誰が誰を好きになるのも自由。アピールするのも自由だろう。前野がしたのだって、勉強の相談をして、軽い雑談をした程度。それで嫌われていたら、早瀬や佐々木にだって嫌われているはず。
「あのあとに何かしたんじゃないの?」
佐々木の言葉に、耳聡く反応する。
「あのあと?」
「昨日、帰っているとき。私らは途中で別れて、前野は友梨と帰ったでしょ」
佐々木と早瀬の目から光がなくなった。ふたりきりのときに、何かしたのではないか、と。
疑いの目が、前野に突き刺さる。まさかそこで手を出したんじゃないだろうな、と。
「いやしてない! ちゃんと別れたよ! 家まで送っただけ!」
「マジか?」
「マジマジ。大マジ」
まあ、信じるとしよう。
「で、そうなると」
予鈴が鳴った。二年生や三年生はテストを始めただろう。ここから一時間は、校舎を出られない。閉じ込められているわけではないが、足音ひとつで面倒ごとになりそうだし、なによりこの前野は帰る気力がなさそう。
「倉賀野さんが、光輝のことを嫌いになった」
泣き出しそうになるので、語気は弱める。
「ないし、何かが引っ掛かるところがあった。それを解明しないと、明るい未来はない」
「テストが0点でもいい。だから教えてほしい。倉賀野は俺の何が気に食わなかったのか」
「それは取引成立してないな」
「10点が0点になったところでな」
「いや元々0点だから」
「おい」
岡部と言い合いしていると、前野がツッコむ。
「さすがに20点はあると思うぞ思いたいぞ」
それでも赤点。それでも願望。20点ぐらい不安にならないでほしい。どうやって受験は乗り切ったというのか。
と、そこで。教室の扉が開いた。
「あら」
倉賀野が戻ってきた……!? という淡い期待は、その一言で打ち砕かれる。五人の淡い期待を一身に受けたその女子生徒は、あらびっくりと目を丸くしている。
「皆さん、お揃いで。どうされたんですか」
どうされたんですかとはどうされたんですか。まさかもまさか、予想だにしない登場。天知しろあだった。
「ああ、えぇっと」
しどろもどろになる。誰が今日この場所で、天知しろあと対面すると思っていたか。三浦はまだ心の準備ができていなかった。
「天知さんこそ! どうしたの? ひとりで!」
駆け寄ったのは早瀬だった。天知しろあの存在自体珍しいのに、その彼女がひとりでいるというのは絶好の機会。距離を縮めるのに、この偶然を物にしない道理はない。
早瀬にそんな思惑はないだろう。純粋に、有名人に近づいているという風だった。天知は言う。
「すこし先生に質問をしていたんです。それで職員室から戻ってきたら、なにやら騒がしいなと思って」
そうして、おもむろに人差し指を口許に当てる。
「先輩方はまだテストをしていますよ」
だから静かにしましょう? と柔らかい笑みですこし首を傾ける。クラスが違うというのは案外、ラッキーだったかもしれない。遠巻きで見ているだけで、その人気は納得のものだったのに。この距離感で生活していれば、何も手がつかないだろう。
「あ、そうだったね。しー。うん、ありがとう」
早瀬は真正面から受け止めているが、昂奮は隠しきれていない。若干の照れも見える。
「では、わたしはこれで」
一歩身を引き、ぺこりと頭を下げる。どうやら注意しに来ただけらしい。
「ま、待って……!」
三浦は、つい引き留めてしまった。はて? と天知は首を傾げている。
「いま、僕たちすこし困ってるんだ。よかったら、天知さん。話を聞いてくれないかな」
「な、なにを言ってるんだ!」
「ついに血迷ったか彰……」
「ちょっと待っててね天知さん。いまショック療法という名のビンタをしてくるから」
「三浦、そこまでテストにストレスを……」
天知が何を言うよりも早く、身近の連中が否定を始めた。そしてずいぶんな物言いである。
「天知さんに聞かせるような話じゃないだろ!?」
いま一番、困っているであろう当事者の前野ですらこう。三浦は説明する。
「だけど、第三者の視点っていうのは貴重だろ? それに、天知さんだからこそ、だよ」
「どういう意味だ」
「天知さんはこの一ヶ月で何人に告白されてると思ってる」
全員、すべてを把握しているわけではないだろう。天知の追っかけをしているわけでも、天知の監視をしているわけでもない。それでも、天知が告白されているといううわさを聞かない人はいない。
「天知さんは、こういうことに関して誰よりも熟知してる。光輝の何が嫌だったのか、わかるかもしれないだろ」
さきほどは考える間もないと却下されたものだが、説明すれば皆、一理あるという顔をした。
「あの」
気付けば、天知は教室に足を踏み入れていた。のっぴきならない事態であることは、見て取れただろう。
「わたしでよければ、お話、聞きますよ」
「本当に?」
「はい。お力になれるかは、わかりませんけど」
「いや。しょうもない話で、こっちこそ悪いんだけど」
天知と話がついた。彼女がいいと言っているのだ。それなら、もう誰からも、文句は出なかった。
前野はちらと天知の顔色をうかがう。にこりと微笑むその姿に、照れを滲ませふいと顔を背ける。
「とある、女子の話なんだ。倉賀野友梨って言うんだけど……あ、同じクラスの」
「はい、存じてます」
「……もしかして、僕たちのことも?」
「はい」
そして天知は、ひとりひとり、指をさしていく。
「三浦彰くん、前野光輝くん、岡部大志くん、早瀬美海さん、佐々木絵里さん」
息を飲んだ。
「ひょっとして、全校生徒覚えてるの?」
「そういうことになりますね」
これが次元が違うということなのか、と納得する。三浦は人の顔と名前を覚えるのも得意だし、積極的に覚えようとするタイプだが、全校生徒とはいかない。しかも、たったの一ヶ月とすこしで。
「どうぞ、続けてください」
前野は言葉を探す。どこから、どういう風に語るべきかと口は半開き。一度閉じると、やがて、
「俺は、倉賀野が好きなんだ」
言い切った。それ言っていいのかと思っていると、顔に出ているのか前野は苦笑いする。
「言わないと話進まないだろ。それに、相談乗ってくれるってのに、隠しごとはな」
それは、そうだが……明け透けにすることもないと思う。
「で、俺たちこの五人にいつも、倉賀野もいるんだ。よく連んでる。昨日も、昼食べて今日のテスト勉をした。みんなには、ちょっと手伝ってもらって、倉賀野とふたりきりにしてもらったりした」
気恥ずかしいのか、指を弄ぶ。
「今日もそのつもりだったんだ。また昼食べて、テスト勉しようって。でも……倉賀野は、何も言わずに帰っちまった」
それだけでは、足りないだろう。
「確認ですが、倉賀野さんにはその話をしたんですよね?」
「あ、ああ。それはもちろん……」
前野は早瀬と佐々木に視線を送る。
「私らが誘ったの。今日もテスト終わったら~って」
「それで、返事は」
「うん、いいよって。笑顔で」
笑顔だったことを付け足すのは、怯えている青ざめているという佐々木の言葉があったからだろう。
「ちなみに誘ったのはいつのことですか?」
「朝だよ。一時間目より前」
「ではそれから放課後までに、何か予定ができたのでは?」
そう考えるのが妥当。それぐらいは考えている。
「予定ができたとして、それを知ることはできないんじゃないのかな」
三浦は言う。なぜ? と天知の目に問われる。
「予定はパッと頭の中にできるものじゃない。もしも行きたいところがあったのなら、早瀬さんの誘いには即答しないし、仮に予定があっても誘いに乗ったなら、その予定は後日に回していいと判断したってことになる」
三浦もそう。テスト勉が勉強会にならないことを知っていて誘いには乗ってるし、テスト勉をする予定は家に帰ってからとずらしている。何か買うものがあったとしても、みんなと別れてからにするかと心の中で目算を立てている。
「そうですね。どうしても外せない予定があったり、なにか検討中であれば、早瀬さんの誘いには即答できないですからね」
「うん。だから天知さんの言う予定ができたっていうのは、たぶん、誰かからって言ってるんだと思うけど」
自分の都合で行きたい買いたいという予定もあれば、誰かに誘われ頼まれという予定がある。前者がないとすれば、天知が言っているのは後者ということになる。
静かに天知は頷いた。
「そうですね。友人の先約を無視してまで優先するとなれば」
「家族とかだね」
三浦は先の言葉を引き継いだ。天知は片方の眉を上げる。台詞を取ってしまって申し訳ない、という気持ちはある。
「でも、家族からの連絡は、受け取れない」
「テスト中だから……ですね」
「そう。休み時間に気軽にスマホを見ることはできない」
テスト中は、スマホの電源を切ってカバンに入れ、廊下のロッカーに仕舞い鍵をかける。まあ、電源を切りまではしない人もいるだろう。マナーモード、通知音を完全に切るだけに留める人もいるだろう。しかし、皆必ず、ロッカーには入れる。そこに違いはない。すくなくとも、倉賀野はそうしているはず。カンニングで全教科0点のリスクを取ってまでスマホを所持している意味はないし、倉賀野の性格からも考えにくい。
「早瀬さんが倉賀野さんに誘いをかけたのは一時間目の前。つまりホームルームは終わってる。その時点でみんな、机の中を空にして、スマホをロッカーに仕舞うことは強制されている。連絡を受け取るのは、厳しい」
天知もこの二日間、そうだっただろう。異論は出てこない。
「そこまで考えたとき」
「やっぱり、俺のせいだ」
はっとした。天知に現状を伝えるべく語ると、前野が自己批判に陥ってしまう。
「どうして前野くんのせいなんですか?」
「……倉賀野は、俺を見たんだ。俺と目が合って、気まずそうに目を逸らしたんだ。それで……帰ったんだ」
要領を得ない。正直、そこの部分は三浦もよくわからない。倉賀野と前野の間にあったことなのに、前野の説明は言葉が不足している。
「ふむ、なるほど」
しかし天知はそうでもないらしい。彼女には不明確な言葉だけで輪郭を捉えているがごとく、了承する。ひとり納得すると、早瀬に水を向けた。
「早瀬さん、倉賀野さんにはどうお誘いをしたんですか」
「うぇえ!? え、えぇっと……」
眉根を寄せる。誘い文句なんていちいち覚えていないだろう。
「テストが終わったら、お昼食べに行こう。とでも言ったんじゃないですか」
「うーん……まあ、そうだったかもしれない……」
「では。すくなくとも、昨日みたいにマックに行こう、とか、いつもの六人で、とか、メンバーを匂わせることはしなかったのではないですか?」
「まあ……それは、そうだったかも……」
「ちょっと待って。それがなにか問題なの?」
早瀬が責められているとでも思ったのか、佐々木が制止してきた。天知はふるふると首を横に振る。
「いえ。ですが、それなら倉賀野さんの行動にも納得がいくんです」
「どういうこと?」
「たとえば。早瀬さんに明日遊びに行こう、と誘われたとします。わたしはてっきり早瀬さんとふたりきりかと思って、いいですよと返信します」
「あ、天知さんと、遊びに……!?」
「たとえだからな、たとえ」
妄想する早瀬に、岡部がツッコむ。
「しかし当日、実際に待ち合わせ場所に行ってみれば、なんとほかにもメンバーがいたんです。これは困りました」
なにが困ったのか。天知は力なく、やれやれとする。
「心持ちも違います。相手とのテンション感もずれているでしょう。誰が来るのかわたしも確認していなかったので、早瀬さんを責めるのも筋違いです。気まずくて、帰ってしまうかもしれません」
まあ、それは理解できなくもない。
三浦も、明日遊びに行こうと誘われてふたつ返事をし、いざ待ち合わせ場所に向かったら、誘ってきた人物以外もいてすこし気持ちが沈むという経験はある。だが、
「けど、僕らはよくこの六人でいるんだ。いわゆるいつメン。倉賀野さんに、僕らも来るという考えがまったくなかった、というのはちょっと考えにくい」
天知の話のようにほかのメンバーがいて気持ちが沈んだ、という経験は、ふたりきりであることを楽しみにしていたから。もっと言えば、異性に誘われてデートかと浮き足立っていたからだ。そのときは三浦も、勝手に裏切られた感じがしてそれも筋が通ってなくて、ドタキャンしてしまったことがある。
しかし三浦はこのメンバーに放課後誘われれば、それが誰であってもこの六人で動くことになるだろうと考える。女子に誘われてもデートだとは思わないし、前野や岡部に誘われても男子だけとは思わない。部活終わりや作戦に関する話ならまた違うが。
「なるほど。そうですね」
天知はあっさりと頷く。彼女は自分の考えに固執するつもりがないらしい。いくつか考えられることを言っている。で、あるならば。
「天知さん、ちょっといい?」
「はい?」
三浦は天知を連れ、四人から距離を取る。彼らは怪訝そうな目つきをしたが、すぐに前野の励ましを始めた。そこに響く言葉はなさそうだが。
「たぶん、光輝の勘違いだと思うんだ」
三浦はこっそり打ち明けた。天知は興味を惹かれたのか、好奇心を向けてくる。
「自意識過剰だと思ってる。べつに倉賀野さんは、光輝のことを避けて今日、帰ったんじゃないと思う」
自意識過剰だと、三浦は思っている。しかし確証はない。
実際、倉賀野がどんな顔をしていたのか、本当に前野を見て帰ったのか、三浦は知らないからだ。
だが、好きな人がふいに不機嫌になったりしたら、自分が何かしてしまったのか? と行動を思い返してしまう。その中の何かが引っ掛かって、勘ぐってしまうのもわかる。ごめんと口にして、何に謝ってるの? という問いに答えられず、理由もわからずに謝らないでと火に油を注ぐことになってしまった、という経験は誰しもあるだろう。そしてけっきょく、不機嫌の正体が自分のせいではなかった、という答えで終わることもまた、誰しも経験あるだろう。
それと同じで、倉賀野のドタキャンは前野の行動と何ら関わりがないにもかかわらず、前野があれやこれやと頭の中で自分の行いをふり返っている。それが現状だと三浦は踏んでいる。
「わかってるなら、そう言えばいいんじゃないですか?」
「いや、そうしたいのは山々なんだけど……」
大丈夫だって。友梨はそんなんじゃないから。
口々に前野に励ましの言葉をかけるが、それで前野の中にある蟠りがとけることはない。
「でもほら、これはあくまでも僕の感想だ。光輝が、自分を避けていると思っているのも感想。他人の感想と自分の感想だったら、自分を優先するでしょう? 自分が感じたことなんだから」
「まあ、それはそうかもしれませんね」
三浦がいくら言葉をかけても、その場は納得するかもしれないが、前野はまた家でひとりになったときに思い返して、罪悪感に駆られて沈んでしまうかもしれない。そこまでは面倒見られないし、この場でこの問題は終わらせたい。
「光輝は倉賀野さんに好意を寄せてる。倉賀野さんの一挙手一投足に目を光らせてる。想い人の些細な挙動ですら日常の重要な瞬間になるし、その子の言葉に当てはまっていたら嬉しくなるし、当てはまっていなかったら悲しくなる。そういう気持ち、天知さんはなったことない?」
天知は考える。
「……好きな人が好きなタイプを言って、それが自分と近しければ嬉しくなる。より近づけようとする。反対に、べつの特定の誰かと類似性が多ければ、やきもきする。……そういうことですか」
「まあ、そういうことだね」
考えた結果、分析するような口ぶりだった。
「なら、なんとなく、わかる気がします」
まるで他人事のようだった。三浦は思う。天知に恋人はいないだろう。すくなくとも、いままで碌に恋愛をしてこなかったのだろう、と。
好かれることはあっても、好くことはなかったに違いない。想いを向けられても向けることはなかった。三浦のように程よく恋愛経験があればわかる前野の機微に、天知はいまやっと分析を始めて、他人事のように言うのだから。
「でも、それを言ったところで光輝はなるほど俺の自意識過剰だったのか! とはならない。べつにまだフラれたわけじゃないんだから、ってポジティブに切り替えられるならそもそも悩んでない」
「つまり、どうしてほしいんですか」
話が早い。さすが天知しろあだ。
「できるだけ、光輝の想像に沿ってほしいんだ。でも最終的には、想像していない答えに導いてあげてほしい」
「矛盾した要求ですね」
「無理かな」
三浦も無茶なことをお願いしているのは承知の上だ。
つまり、前野の想像通りに過程だけを進め、答えだけは違うものを出せと要求している。前野に見えていなかった答えを。三浦も四苦八苦している、すでに答えが出た問題を。上書きしてべつの答えを出せという要望なのだ。
「難しいですけれど、無理ではないですね」
「じゃあ」
三浦は拳を握って、密かにガッツポーズを取った。
「ええ。やってみます」
やはり、三浦の思った通り。天知は、三浦たちにあり得そうな仮説を述べ、反論されればすぐに捨てるを繰り返していた。倉賀野が実際、本当に前野を嫌って帰ったのかはどうでもいい。前野の気持ちを前向きにするのだ。という目的は、三浦と共通していたのだ。




