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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
11/12

岡部作戦撃沈


 二階には、外が眺められるカウンター席が窓に沿って並んでいる。十人以上は座れるだろう。カウンター席に座っている人はいない。しかし六人が一列に座るのはなんだかおかしい。一人客が六人なら普通の光景だが、六人友達でカウンターに横並びというのは、他に席がないでもしない限り、取らない選択肢だろう。

 他には小さなテーブルに向かい合う形で椅子が置かれているふたり席や、その小さなテーブルがふたつくっつき、四人席になったものが置かれている。コの字のソファー型の席は、五人以上の大人数用なのだろう。用意された席があるのならば、そこを取らない理由もない。佐々木や早瀬はその席に自分たちのカバンを置いていた。

 ざっと二階に目を巡らす。カウンター席には客がおらず、四人掛けの席にふたり座って広くなったテーブルに教科書を置いている制服姿があった。同じ高校の、同じ一年生だろう。


「お待たせしました~」


 店員を茶化す風な声音は、前野の浮き足立っている心持ちを表している。

 コの字のソファーには佐々木、早瀬、岡部に三浦という順で座っていた。端から座っていたので、三浦のとなりに前野が収まり、そのとなりに倉賀野が座るという形になる。

 トレーを置いてドカッと座った前野は、肩を寄せてきた。


「どうだったんだ」


 順調そうなところは見ていてればわかったが、その目は訊いてくれとせがんでいたので、お望み通りにしてやる。


「いい感じ」


 となりで倉賀野が、トレーを置いてスカートを持ち上げながら腰を降ろした。早瀬と佐々木が礼を言いながら、自分の分を取っていく。

 ふと、三浦は違和感を感じ取る。いい感じなのか、と。

 三浦はここで泣きついてくるとばかりに思っていた。計画は中止になるのではないかと。


「そうか、よかったな」


 とはいえ、前野に嘘を言っている素振りも、嘘をつく意味もない。腹が減ったのでそう言うに留め、手を伸ばした。ハンバーガーの包装紙を捲り、齧り付く。


「そういや、お前らって部活やらないのか」


 出し抜けに、岡部は言った。三浦も前野も岡部も同じくサッカー部なので、女子たちに向けて言ったのだろう。スマホを弄っていた早瀬は目も上げずに答える。


「面倒くさい」

「べつにうちの高校、強制でもないしね」


 佐々木が続く。


 入部強制という高校もあるのか、それには驚きだ。もしかしたら中学もそうだったのかもしれない。仮入部、見学をする前からサッカー部に入ることは、中学高校どちらも決めていたことなので、頭に入っていなかったのかもしれない。


「なにかバイトしてるとか」


 どこか嬉しそうに岡部は言う。なんとなく、話は読めた。


「してない。けど」


 じろり、と早瀬が目をスマホから上げた。


「なに?」


 その受け答えだけで、感触がよくないことはわかりそうなものだ。しかし岡部も、言わないで引き下がるのはできないのか、


「サッカー部のマネ、やらないか」


 勧誘をした。

 三浦にはその勧誘の意図も読めた。早瀬も岡部の笑顔に不気味な感覚を覚えたのか、スマホを置くとハンバーガーに手を伸ばす。


「なに。なんで。やらないけど」

「えぇー? 暇してんならよくないか? サッカー、面白いぞ」


 思わず言ってしまう。


「勧誘が弱いなあ……」


 乗り気でないのなら、もっといい魅力をアピールするべきだろう。サッカーが面白いというだけで入るのなら、勧誘するまでもない気がする。


 腕を組んだ岡部は不満げだ。


「じゃあなんだ。お前ならどうする。彰だってマネージャーはほしいだろ」

「まあ、ほしくないかと言われたらほしくないわけじゃないけど」


 べつに能動的に募集をかけて、特定の誰かに勧誘をかけるほどではない。もしも三浦がそのような行動に出たなら、それはマネージャーがほしいというより、その個人がほしい場合だろう。


「じゃあやれ。協力したまえ」


 ほしくないわけじゃないけど、ほしいわけでもない。うーん……と頭を掻いて、そうだな……と唸って、


「ああそうだ」


 と思い出す。

 多少なりとも早瀬も佐々木も興味が惹かれただろう。それを確認してから、口を開いた。


「ふたりは彼氏とかほしくないの」

「ほしい! かっこいい人! イケメン!」

「それって」

「あんたではないよ」


 無下にされる岡部。話の腰を折るやつなので、早瀬には感謝。


「え、意外。三浦がそういう話するなんて」

「まあね」


 目を丸くする佐々木。彼女の言うとおり、三浦は女子相手にそういう浮ついた話はしない。というか、男子でも言うことはない。どこから嗅ぎつけてきたのかわからない告白の件を、岡部や前野に絞り出されるだけ。そしてそれがうわさとなって、モテるという印象に繋がっている。


「でもサッカー部にイケメンなんていた?」

「いたら知ってるはず」


 女子のネットワークが凄まじく速く凄まじく広いことは知っている。とはいえ、まだ一ヶ月も経っていない。ふたりの中では、二年三年という先輩方を連想しているのだろうけど、三浦が言っているのは同じ一年生だ。


「それがね、いるんだよ。イケメンが」

「三浦くんがいうほどのイケメン……」

「三浦よりもイケメンってこと?」


 三浦は自分のことを顔整いだと自負しているし、努力も怠ってはいないが、それでもイケメンですと自己陶酔はしていない。それだけでイケメンの前には残念ともつくのはわかりきっているし。

 とはいえ、ここでそれを披露するのは空気が読めていない。三浦は言う。


「僕とは系統が違う。どちらかというと、彼はクール系だったかな。物静かで、部活中も特に誰かと話している姿はなかった。終わったらさっさと片付けて着替えて、いつの間にか帰ってる。そんな感じ」

「ふうん」

「ふつうにボッチってだけじゃないの」


 まあ、それは否定のしようもないのだが。


「……そんなやついたか?」


 もしも顔整いならば、それだけで自然とうわさになる。早瀬と佐々木が怪しむのも当たり前だ。同じサッカー部でありながら、岡部と前野がピンと来ていないのだから、尚更だろう。人の顔と名前は積極的に覚える三浦でも、未だ校舎内で彼の顔は見かけていないし、名前も思い出せない。


「いたよ。かなりサッカーも上手かった。だから僕は覚えてるんだ。……ほら、仮入部のとき、PK対決で」

「ああ!」


 そこで意を得たりと、岡部は拳を自分の手に打ち付けた。


「いたな! 彰とPK対決で延長線やって、けっきょく引き分けだったやつが」


 仮入部のとき、一年生は主役らしかった。二年三年が舞台を整えてくれたのだ。いまにして思えば、神輿を担いでいただけなのだろう。新入部員は確保しなくてはならない。そのために、一年生にいい思いをさせよう、と。


「そう。仮入部のとき、僕らは三年のキーパー相手にPKをやった。僕と、その彼だけが、ずっと決め続けたんだよ」

「そうだな。ほかでもお前らはずっと張り合ってた。一二を争うって感じの」

「向こうにそんな気はなかったと思うけどね」


 それで三浦彰はサッカーもできるという評価を、着々と積み重ねていったのだ。


「それで、顔もよかったんだ」


 岡部と三浦に熱が籠もると、存在を疑う気はもう失せたらしい。早瀬は意気込んでいる。


「たしかにあいつは、イケメンだったな」

「ほう……へえ。サッカー部にそんな人がいたんだ……」


 早瀬がほくそ笑む。

 二兎を追う者は一兎も得ずという。同時に引き込もうとするから手立てがないのだ。ひとりでも入部すれば、あとはなし崩し的に。この場合は、早瀬の勧誘に成功すれば、佐々木の入部にも余地が生まれる。


「その人の名前は?」


 倉賀野に訊かれる。うっと息が詰まる。


「どうだったかな」

「知らないの?」

「えぇっと、仮入部のときは自己紹介とかあんまりしなかったんだよね。参加したい人は参加して、見学したい人は見学して、好きに出てっても良いしいつ来てもいいってスタンスだったから、人の動きが多くて」


 その度に、いちいち全員の動きは止められない。


「でも部員の名前でしょ?」


 痛いところを突く。


「ほら、彼クール系だから。物静かで、すぐに帰っちゃうし。なんとなく、みんな話し掛けるのに尻込みしてて」

「じゃあ、どんな人だった?」

「どんな……?」

「背とか」

「まあ……僕と同じくらいだと思う」

「髪は?」

「ああ……長かった、ね。ふつうの黒髪」

「出身中学とかは」

「それを知ってたら、名前も覚えてるよ」

「……そっか」


 肩を落とす倉賀野。まるで、取り調べでも受けているかのようだ。はたして、三浦が見たあの彼は、何かしらの重要な容疑者だったのか……!? 


 そう、ふざける程度には三浦にも余裕があった。だが、肩を落として露骨に残念がる倉賀野を前にして、余裕がないやつもいる。倉賀野がそこまで異性に興味を持っていたら、危ういと感じてしまうやつもいる。なぜ危ういと感じたのか、そう一度立ち止まることもせずに、感じたままに、余裕がないやつは言ってしまう。


「で、でも! そいつ入部してないよな?」


 三浦と岡部が白い目で、前野をなじった。


「……え?」


 よく意味がわかってないようだ。なぜこの話題になったのかもわかっていないのだろう。倉賀野しか見ていないから、こっちの話はまるで耳に入っていなかったのだ。


「……三浦くん?」


 三浦と岡部が白い目なら、早瀬は黒い目だった。笑っているのに、目は笑ってない。真っ黒。三浦は弁明に早口となる。


「いや、本当の話だよ。イケメンで、クール系で、物静かでサッカーが上手い人がいたのは事実。仮入部に彼がいたのも事実。自己紹介とかしなかったから、名前がわからないのも事実」

「じゃあ、嘘なのは?」

「嘘はついてない!」


 嘘はついてない。断じて、嘘はついてない。……嘘は、ついてない。けど……。


「……ただまあ、入部はしてない。そもそも彼は、仮入部に一回しか来てないし。そのときは、天知さんもいたから、彼女の方に注目は集まってた。だから余計に影も薄かったんだと思うよ」


 卑怯なことをしたのは事実だ。


「絶対に入らない!」


 早瀬はぷんとそっぽを向く。そこをどうかと拝むのは、無理そうだ。


「悪い」


 三浦は謝っておいた。


「いい。バカなのは光輝だ」

「え、俺?」

「ああ。もうすこしだったのに」


 仮入部こそ主役だったが、もう先輩方は神輿を下ろしてしまったので、一年生たちは自分で歩かなくてはならない。すでに知らない場所まで来てしまって、道もわからないので先輩方の後ろを歩くしかない。彼らの機嫌を損ねないように、要求は聞かなくてはならない。

 マネージャーに雑務を任せ、サッカー部らしくサッカーをやろうという岡部の作戦は、無事に撃沈したのだった。


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