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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
10/13

なかなかな演技


 一年生の最初の中間テストは、一日三時間だけだ。中学の頃はこれが三日間だったが、高校はこれが五日間続く。


 数学は数学でひとつだったし、国語も国語で一括りだった。しかし高校では、一言に数学と言っても数一と数Aがある。国語という科目はなく、現代文に古典だ。今日の日程もそう。中学なら理科でまとめられそうなのに、化学、物理、生物の三回。三時間に増える。期末テストはもっと増えるそうだ。

 とはいえ、これでも三浦たち一年生はまだすくない方だった。

 二年生や三年生はテストだというのに普段と変わらない時間を学校で過ごす。下手をすればふつうの授業割よりもひとつひとつが長いから、一日は長いかもしれない。倫理とはいったい何をするのか皆目見当がつかないし、古典はこの時代に必要なのか首を捻る。数一と数Aがあるにもかかわらず、数Bが増えるらしい。数学という学問の広さには、いやはや涙してしまう。


 そういえば、なぜ数二ではないのだろうか。数一ではなく数Cにすればいいのではないか。不思議だ。三浦が知らないだけという可能性も拭えないが。

 まあともかく、担任は言った。


「まだ二年や三年はテストがある。休み時間十分の間に、速やかに帰ること。余計な居残りはせず、無駄口を叩かず、家で明日の予習をしなさい」


 一年生の教室は四階にある。部活動と同じく年功序列なのだろう。後輩なんだから階段を上りなさいと言われているようだ。


 休み時間十分の間に帰れと言われても、担任のこの挨拶が終わった時点ですでに五分は過ぎていた。あとはロッカーからカバンを取り、二年生の教室がある三階を通って二階に行き、生徒玄関から外に出るだけ。


 言葉にするだけならたしかに、無駄口も居残りもせずに速やかに帰れそうではあるが、一年生は三百人以上いる。一斉に移動すればたとえ口をガムテープで塞がれていても音は出る。五分で全員が外に出るのは、物理的に不可能そうだ。

 とはいえ、そこで三浦が挙手をして異を唱えることはない。論破する必要性はないし、そんなことは担任もわかっているだろう。とにかくさっさと帰れ。そういうことだ。


 二年や三年はテストをしている。学生の本業は勉強である。部活動の活動が停止するのは妥当だ。それでもやる人はいるらしい。いわゆる自主練だ。だが、三浦に自主練をするつもりはなかった。

 顧問の教師も監督役をするだろう。していなくても、自分の担当教科の採点にいち早く取り掛かっているはず。放課後にひとり自主練をして、努力している姿に関心を得てもらうのとは訳が違う。三浦に隠れて自主練するほどの足りない部分はない。前野や岡部にはありそうだが、彼らにはそこまで熱意があるわけではないらしい。


 それに、腹も減った。


 帰路についた三浦は、三人の女子の姿を視界に入れる。右から佐々木、倉賀野、早瀬の順だ。佐々木のロングの髪が揺れ、わずかに耳のピアスが見える。


「これとか絶対似合うよ」


 なにやら佐々木が倉賀野に勧めているようだ。スマホの画面を彼女の前に出している。


「たしかに! テスト明けにでも買い行く?」


 佐々木の感想に早瀬も同意なようだ。覗き込むと横顔が見え、同時に大胆に開いた胸元も見える。


「え、でも。ちょっと派手じゃないかな……?」


 当の倉賀野はそうでもないらしい。早瀬や佐々木ほど派手ではないが、倉賀野も内面はともかく地味というほどではない。その倉賀野が派手だと尻込みするのだから、それは相当なのだろう。

 もうすこし距離を縮めれば、倉賀野の頭上から三人が何について話し込んでいるのか覗けそうだった。しかしそれは断念する。覗き見すれば嫌がられそうだし、そこまでするほど興味があるわけではないし。

 なにより。


「おい、おい聞いてんのか彰っ」


 三浦はすっかりホールドされていたから。

 ほとんど頬がくっつくほどに接近している。鼻息は当たっている。岡部と前野が腕を肩に回してきて、身動きが取れない。足は繋がっていないが、二人三脚……いや、この場合は三人四脚をしているかのように完全に拘束されている。


「聞いてた。聞いてたよまったく」


 向こうは三人で会話しているし、これだけ距離があるのだから小声で話せば聞こえないだろう。すくなくともここまでする必要はない。


「いいか、もう一度説明するからな」


 聞いてたと言ったのに。


「ちゃんと聞いとけよ。彰」


 岡部に釘を刺される。前野は鼻息荒く息巻いた。


「まず、これから俺たちは駅前のマックに行く。勉強会の前の、腹ごなしだ。そこで、佐々木と早瀬には先に席の確保をしてもらう」

「もう言ったのか?」

「すでに伝えてある」


 ということは、早瀬と佐々木も、前野が倉賀野に好意を寄せていることは知っているのか。仮に伝えていなくても、察するにはあまりある。日頃の態度を見ていれば。


「それで、佐々木と早瀬は倉賀野に注文を任せる。そこでお前たちも、どっか行け」

「……急な突き飛ばしを喰らった」


 両手で肩を突き飛ばされたような衝撃で、思わず目を丸くする。


「お前らの頼むもんは知ってる。いつものでいいだろ?」

「そういえばどっかとコラボしてたな。たまには違う物でも食べたい気がしてきたししてこない気がしてきた」

「却下だ」


 自分の昼も自分で決められないなんて。


「奢ってやるから」


 それならいい。一向に構わない。


「それを早く言え」


 この光景を無関係の人が見たらさぞかしびっくりするだろう。白昼堂々と、男子高校生が三人、キスする一秒前の距離感にいるのだ。その中心にいる三浦は、もっと無様に、滑稽に思われるかもしれない。

 すれ違うサラリーマン風の男がギョッとするのを横目にする。


「佐々木と早瀬の注文を頼まれた倉賀野と、彰と大志の注文を頼まれた俺。偶然のふたりきりだ」


 偶然(作為的)なふたりきりの完成。

 ひとりで六人分の量は持てないだろうし、前野に早瀬と佐々木の注文がわかるとも思えない。そこは逆も然り。必然的に……ではなく、偶然、ふたりの時間が出来上がるということ。


「そこで俺は」

「告白?」

「バカっ。まずは好きな相手がいるかどうかを知るのが先だろ」


 まあ、当たり前だ。

 想い人に好きな人がいたら、取れる選択肢はふたつ。多少強引でもふり向かせるか、大人しく立ち去るか。いずれにしろ、アプローチするには知る必要がある。


「俺の見立てではいないと思うんだが、まだ俺たちの関係は浅い。万全を期す必要がある。出鼻を挫かれるのはゴメンだからな」


 たしかに、前野と岡部との付き合いは中学からだが、佐々木や早瀬、それから倉賀野との付き合いは高校から。それもまだ一ヶ月しか過ぎていない。女子たちのことはまだ深く知らないのだ。

 前野は倉賀野に好きな人がいないと見ているらしいが、それはそう思いたいのではないか、と思わなくもない。


「実は意外と、彼氏とかいたりしてな」


 意外とああいうタイプほど、裏では……ということはよくある。人の二面性というやつだ。いい一面も、悪い一面も持ち合わせている。それが人間。

 そこまで真面目に言っているつもりはなかった。しかし横では、顎が外れそうなほど、あんぐりと口を開いて硬直したままの前野がいた。まったく考慮していなかったらしい。いちおう、冗談だとは言っておいた。




 自動ドアが開き、店内には来客を知らせる音がした。それと同時に、正面に立つ店員がカウンターの向こうから、


「いらっしゃいませ~!」


 と元気よく声をかけてくる。接客モードの作られた笑みだ。


 店内に客はほとんどいなかった。平日の、まだ昼前。この時間帯に制服姿というのはさぞ珍しいだろう。疑いをかけられても文句は言えない。テスト期間という立派な理由があり、誓ってサボりなんかではないのだが、なんとなく気まずいのも事実だった。

 一階の奥を目だけ動かして探る。客は、ひとりの男と、母親と四、五才ぐらいの親子がいるだけ。この分なら、二階もほとんどいないだろう。


「あ、先に私たち席取っておくから」

「注文任せてもいい? お金は送っとく」


 席の確保をするほどの混雑ではない。むしろ怪しまれるかもしれないが、佐々木と早瀬は違和感なく慣れた素振りで言った。スマホを横に振っているのを見て、支払いを電子決済にしようという意にする。


「あ、う、うん。なにか追加あったらメッセージ送って」


 ふたりがほとんど話を進めるものだから、倉賀野には口を挟む隙も、疑問を持つ隙もなかったのかもしれない。もしかしたら、普段から誰かが注文をし、他の誰かが席の確保をするという分担は、彼女たちの間でルーティンになっているのかもしれない。

 手際の良さと不自然のなさに感心していると、前野が目で合図を送ってくる。頷き、三浦は言った。


「あぁ、トイレってどこだっけ」


 首を巡らせて探す。岡部が続いた。


「あっちだ。俺も行こうと思ってんだ」

「ああ、じゃあ一緒に行くか」

「おお、そうだな」


 棒読みだったと、思う。すくなくとも、佐々木や早瀬ほど上手くはなかっただろう。

 前野に水を向けた。


「お前はどうする、光輝」

「俺まで行ったら注文できないだろ」


 だが前野も充分下手だった。棒読みだった。なら文句を言う資格もあるまい。


「いつものでいいんだな」

「悪いな」

「悪いな」


 三浦に連れションの趣味はない。よっぽど話に熱が入っているか、移動中でもない限りトイレにはひとりで行く。今日は、記念すべき岡部との連れションの日だった。

 お互い、小便器に立つ。どちらからともなく、言った。


「なかなか演技うまくね?」

「なかなか演技が下手だ」




 ささっと用を足して、トイレを出る。一階にあるトイレからはカウンターが見えなかった。つまり、前野と倉賀野からも見えていないということ。そそくさと忍び足で近寄る。二階へと繋がる階段はカウンターの後ろ側にある形だ。見えない角度を維持し続けていると、階段の一段目と二段目に立ち往生している女子がふたりいた。


「すごく、怪しい」


 そう言うと早瀬も佐々木もふり返る。店員の声や油の跳ねる音で間違いなく声は掻き消えているだろうに、早瀬はしぃーっ! と口に人差し指を立てる。カウンターからは角度的にも見えないだろうに、佐々木は早く隠れろと手招きしてくる。


「どんな様子だ?」


 岡部もふたりの後ろに隠れつつ、階段の二段目から首だけを伸ばして様子を探ろうとする。

 油断していた。

 注文が終わったら、客はとなりに捌けるのだ。レジがふたつあって、レシートに刻まれた番号で呼び出すと言われ、他の客が注文をできるように、横へずれるのだ。おそらく倉賀野と前野もちょうど、注文を終えたのだ。パネルが頭上に来るよう、移動したのだろう。

 倉賀野のゆるふわな茶髪が見える。つまり向こうからも三浦の顔が見える。


「……助かった」


 しかしその瞬間、早瀬が見事に首根っこを掴んで引っ張ってくれた。

 三浦は階段一段目、早瀬の後ろに立つ。うるさい鼓動に深呼吸し、四人は揃って様子をうかがった。


「いや。いやいやマジ! ホントだって!」

「えぇ。証拠がないと信じられないよー、それは」


 全員が、大きく息を吐いた。

 間一髪、バレていないようだ。もしも倉賀野と目が合っていたら、ふたりのもとに行く羽目になっていた。前野の作戦はそこで破綻。ふたりきりの時間が成功しなくなる。しかし……


「なんか、楽しそうじゃない?」


 上ずったような声で、早瀬が言った。


「何の話しているかまではわからないけど。でも楽しそうな雰囲気はする」


 話の内容が気になるようで、ちょっともどかしそうに佐々木も言う。

 なにやら楽しそうな雰囲気がしていることは三浦も同意見だった。前野がなかなかなやり手なのか、あるいは倉賀野がそう満更でもないのか。ふと、三浦は訊く。


「倉賀野さんに彼氏とかは?」

「いないと思うよ」


 早瀬が即答し、


「すくなくとも私らは知らない」


 佐々木が補足した。


「じゃあ、好きな人とかは」

「うーん……あれは」

「あれは?」

「いるね。間違いなく」

「いるのか……」


 それは、喜んでいいのか悲しんでいいのか。たぶん、後者だろう。ここで倉賀野も前野が好きで、実は両思いだった……なんてのは、夢見ものな気がする。


「そういう話、するんだ」

「するよ、女の子だもん」


 女の子だからするという理屈なら、男の子ならしないという理屈になるのだろうか。それなら反証が目の前に存在する。三浦たちもするし、現に前野がしたからこの作戦は実行に移っている。


「ちなみに、前野くんは友梨ちゃんが好きってことでいいんだよね」


 ほぼ確信めいた口ぶりの早瀬に、三浦は目を丸くする。


「なんだ。光輝のやつ、言ってないのか」


 三浦はてっきりふたりにはすでに言っているものだと思っていた。その上で、協力を求めたのだと。だがそうであるなら、早瀬が確認してくる意味はない。


「私らは、ただ席の確保をしてくれって頼まれただけ」


 佐々木は言う。それはあまりにも……な頼みだ。岡部は半笑いした。


「それでお前ら、頷いたのか」

「まあね~。あとで何か奢ってもらうことにしたけど」

「抜け目ないな」


 まったくだ。


「けどまあ、なんか変でしょ。いやべつに、頼み自体は変じゃないんだけどさ」


 佐々木が言語化に苦しむのも理解できる。べつにおかしな頼みではないが、勘ぐりたくなる頼みではある。


「んで、私らが抜けたらあんたらもこそこそとぎこちなくトイレに行く。しかも、ここに来るまでも何か話してたし」

「ふたりきりにしてるんだから、そりゃあもうピンと来るよね」


 いくらでも他に筋の立つ考えはあるだろうが、まあ、作られたふたりきりを本人が望み、しかも相手は異性と来れば、色恋沙汰にも結びつけたくなる。


「私たちの中で一番に彼氏ができちゃうかもよ、友梨ちゃん」

「まだわからないぞ」

「へ?」

「ここにもいい男がいるからな!」


 岡部がにかっと親指で自分を指した。


「だって」

「好みじゃない」


 早瀬が受け流したボールを、佐々木が強烈に叩きつけた。叩きつけられたボールこと岡部は、半泣きで言う。


「けっきょく、みんな彰が好きなのかよ!」

「そういうことじゃないと思うけど」

「うん、そういうことじゃないよ」

「友達だからね、三浦は」


 べつに振られたわけじゃないのに、振られた気分を味わった。横っ腹が痛む気がした。


「なんだよ彰。俺と同じじゃん」


 うきうきで肩を組まれる。


「俺はべつに振られてない」


 店員の番号を呼ぶ声は、けっこうな声量だった。目の前に明らかな順番待ちの客がいて、きっと頭上のパネルにも灯っただろうけど、それでも確実を期すためか、階段にいる三浦たちにまで届いた。

 倉賀野と前野が来る前に、四人は急いで階段を駆け上がる。確保していた席に、いまのいままで駄弁っていましたという風に、座った。

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