第8話 魔王は、見ている
竜魔王は、戦場にいなかった。
それでも――見えていた。
水鏡。
魔力で編まれた観測陣。
そこに映るのは、王都の地下。
「……なるほど」
低く、感心したような声。
黄金の剣。
正しい勇者。
そして、その前に立つ――資格なき者。
「止めたか」
配下の魔族が、慎重に尋ねる。
「陛下。
あの者は……危険では?」
「危険だとも」
竜魔王は、即答した。
「私にとっても、世界にとってもな」
水鏡の中で、二人は睨み合っている。
黄金の剣は輝き、
資格なき勇者は、何も光らせない。
だが。
「力の量が違う」
竜魔王は、正確に見抜いた。
「黄金の剣は“物語の力”。
あの男は――現実だ」
配下が息を呑む。
「陛下……では、討たれますか?」
「いいや」
竜魔王は、首を振る。
「今は、まだだ」
水鏡の中で、勇者エルドの手が震えている。
初めての恐怖。
正しさが、通じない相手。
「世界が選んだのは、あちらだ」
黄金の剣を指す。
「だが――世界が壊れる時、
壊すのは、あちらになる」
竜魔王は、静かに笑った。
「面白いな。
私は“倒される役”だと思っていたが……」
視線を、資格なき勇者に移す。
「どうやら彼は、
“物語を書き換える役”らしい」
配下の魔族が、恐る恐る言う。
「では、陛下は……どうなさるおつもりで?」
竜魔王は、水鏡を閉じた。
「観測を続ける」
そして、付け加える。
「必要とあらば、
彼を――守る」
配下が、絶句する。
「魔王が……勇者を?」
「勘違いするな」
竜魔王は、翼を広げる。
「私は、世界の敵だ。
だが、世界そのものが狂えば――」
一瞬、目が鋭く光る。
「敵の役割も、変わる」
遠く、地下で対峙が続いている。
黄金の剣と、資格なき勇者。
正義と、現実。
竜魔王は、静かに呟いた。
「――さあ、世界よ。
どちらを殺す?」




