第5話 記録に残らない救い
王都の地下は、静かだった。
石造りの通路。
湿った空気。
光の届かない場所に、人は集められる。
「……ここにいろ、と」
役人はそれだけ言って去った。
表向きは保護。
実態は、追い出しに近い。
だが――。
「ねえ……あなた」
暗がりから、声がした。
女だった。
痩せた肩、擦り切れた外套。
その後ろに、数人の影が見える。
「あなた、あの“勇者”でしょ」
噂は早い。
「……そう呼ばれてたことはある」
女は、少し迷ってから言った。
「助けてほしいの。
上には行けない人たちが、ここにいる」
案内された先は、さらに深い地下だった。
逃げ遅れた難民。
怪我人。
孤児。
街を失い、王都にも居場所をもらえなかった人間たち。
誰も、俺に期待していなかった。
ただ――。
「ここ、魔族が来るって……」
小さな声。
震える指。
魔族の斥候が、地下水路を通って侵入するらしい。
上は守られている。
下は、守られていない。
記録に残らないからだ。
「……分かった」
俺は、剣を抜いた。
誰も止めない。
許可もいらない。
ここには、物語がない。
魔族は、数だけなら多かった。
だが――。
一歩踏み出す。
剣閃。
音すら立てず、闇が裂ける。
魔法を使えば、地下が崩れる。
だから最低限で、確実に。
数分後。
地下水路は、静かになった。
血の匂いだけが残る。
「……終わった」
誰かが、ぽつりと呟いた。
歓声はなかった。
拍手もない。
ただ、安堵の息が漏れる。
女が、深く頭を下げた。
「ありがとう。
名前も、記録も、要らない」
……ああ。
それでいい。
「ここで起きたことは、報告しないでくれ」
そう言うと、女は笑った。
「最初から、報告先なんてないわ」
その夜。
地下の一角で、子供が眠った。
安心した顔で。
俺は、その寝顔を見て思う。
――これでいい。
英雄じゃない。
勇者でもない。
ただ、
助けられるから、助けた。
地上では、今日も魔王が恐れられている。
そして俺は、相変わらず“役立たずの偽物”だ。
それでも。
この地下で、
確かに世界は、少しだけ救われた。




