第45話 勇者、到着
夜。
篝火が、揺れている。
俺は、杭に縛られている。
縄は象徴だ。
本気を出せば、切れる。
だが、今は切らない。
神殿兵が、周囲を固めている。
神官は、静かに待っている。
遠くから、蹄の音。
一定。
迷いがない。
やがて、広場に現れる。
白い外套。
銀の剣。
光を背負うように。
――勇者エルド。
村人たちが、息を呑む。
誰かが、涙ぐむ。
「助かった」と。
勇者は、馬を降りる。
俺を見る。
まっすぐに。
初めて会った時と同じ目だ。
濁りのない、強い目。
「……お前か」
静かな声。
「来たな」
俺も、静かに返す。
神官が、一歩進み出る。
「勇者様。敵性存在アルファ、確保しております」
誇らしげに。
「村への被害はありません」
勇者は、答えない。
視線は、俺に固定されたまま。
「抵抗は?」
「していない」
「なぜだ」
「村を巻き込みたくなかった」
ざわめき。
神官の眉が、わずかに動く。
勇者の視線が、わずかに揺れる。
「……それで、自分を差し出したのか」
「ああ」
「愚かだな」
即答。
迷いがない。
「お前一人で、何が変わる」
「変わらないかもしれない」
少しだけ、笑う。
「でも、ここで剣を振るえば、あんたは“守った”って言えなくなる」
空気が、張り詰める。
神官が、口を挟む。
「勇者様。速やかに――」
「黙れ」
勇者の一言。
低い。
だが、絶対。
神官が、口を閉ざす。
勇者は、ゆっくりと俺に近づく。
数歩の距離。
剣の間合い。
「お前は、何者だ」
今さらの問い。
「敵だろ」
「違う」
即答。
「敵なら、村を盾にしない」
俺は、少しだけ目を細める。
「神殿はしたぞ」
沈黙。
兵たちが、固まる。
神官の笑みが、わずかに崩れる。
勇者の顎が、わずかに強張る。
「……事実か」
俺は答えない。
代わりに、村の方を見る。
怯えた目。
祈る目。
疑う目。
勇者は、それを追う。
そして。
ゆっくりと剣を抜く。
兵が、ざわめく。
神官が、一歩下がる。
勇者は、俺の前に立つ。
刃を、俺の首元へ。
「最後に聞く」
低く。
「お前は、人を殺したか」
第40話の記憶が、脳裏をよぎる。
「……ああ」
「迷いは?」
「ある」
「後悔は?」
「消えない」
勇者の目が、揺れる。
一瞬だけ。
ほんの、一瞬。
「俺は」
勇者が言う。
「迷いを捨てて、剣を取った」
刃が、わずかに震える。
「お前は、まだ迷っている」
「ああ」
「なら」
剣が、わずかに上がる。
処刑の構え。
「ここで終わらせる」
神官が、安堵の息を漏らす。
村人が、目を閉じる。
その瞬間。
勇者が、小さく言う。
俺にだけ聞こえる声で。
「……縄、弱いな」
一瞬、目が合う。
これは。
試されているのか。
誘われているのか。
俺は、ゆっくりと息を吸う。
力を、ほんの少しだけ解放する。
縄が、軋む。
パチン、と。
切れる。
兵が、剣を構える。
神官が、叫ぶ。
「勇者様!?」
勇者は、動かない。
剣を構えたまま。
俺も、動かない。
対峙。
初めての、対等。
「来い」
勇者が言う。
「お前が何か、確かめる」
村を背に。
神殿を背に。
俺は、一歩踏み出す。
――決戦が、始まる。




