第44話 差し出すのは、命か、それとも
夕暮れ。
村の空は、赤く染まっている。
兵は、動かない。
神官は、微笑んだまま。
祈りの姿勢で、縛っている。
子供の手は、冷たい。
若い女は、唇を噛んでいる。
片腕の男が、低く言う。
「夜を待て」
俺は、首を振る。
「待てば、勇者が来る」
それは、
村の処刑宣告と同義だ。
俺は、子供の手を離す。
一瞬、握り返される。
でも。
ゆっくり、解ける。
「……行くの?」
頷く。
「戻る?」
少しだけ、笑う。
「約束は、守る」
守れないかもしれない。
でも、言う。
俺は、広場へ歩き出す。
ざわめき。
神官の目が、細くなる。
「おや」
わざとらしい驚き。
「これは、偶然でしょうか」
兵が、剣を構える。
囲まれる。
円の中心に立つ。
「俺だ」
名乗る。
「敵性存在アルファ」
村人が、息を呑む。
老婆が、目を見開く。
子供の母親が、口を押さえる。
神官が、ゆっくり頷く。
「賢明な判断です」
「勇者様も、お喜びに――」
「条件がある」
遮る。
神官の眉が、わずかに動く。
「俺を拘束しろ」
「村は解放しろ」
ざわめき。
兵が、一歩近づく。
「抵抗は?」
「しない」
嘘ではない。
今は。
神官は、考える。
村人を見る。
俺を見る。
「……よろしい」
あっさりだ。
「村の封鎖は解除しましょう」
兵に合図。
隊列が、少し緩む。
村人の顔に、希望が浮かぶ。
片腕の男が、歯を食いしばる。
若い女が、首を振る。
子供が、叫びそうになるのを、母親が止める。
兵が、俺の腕を掴む。
縄が、かけられる。
力を使えば、切れる。
でも。
使わない。
神官が、満足そうに言う。
「勇者様の到着まで、丁重に扱いましょう」
その言葉の裏が、透けて見える。
広場の端で。
子供と、目が合う。
恐れ。
怒り。
信じたいという必死さ。
俺は、頷く。
小さく。
約束の代わりに。
兵に押され、歩き出す。
村の外へ。
夕陽が沈む。
神官が、静かに呟く。
「これで、村は救われました」
違う。
まだ終わっていない。
俺は、歩きながら考える。
勇者が来る。
俺は、拘束されている。
村は、一時的に自由。
だが。
神殿は、約束を守るか?
勇者は、俺だけを斬るか?
違う。
これは。
時間を買っただけだ。
俺は、力を感じる。
内側で、静かに脈打つ。
逃げない。
隠れない。
なら。
次は。
――正面だ。
夜が、落ちる。
勇者が来る前に。
世界が、選び直される。




