第43話 祈りは、縛るためにある
昼下がりだった。
小さな村。
俺たちは、水と食料の補充のために立ち寄っただけだ。
長居はしない。
そのはずだった。
鐘が鳴る。
嫌な音だ。
祝祭でも、祈りでもない。
招集の鐘。
広場に、神殿兵が並んでいる。
白と銀。
整然と。
中央には、神官。
若い。
笑っている。
「ご安心を」
村人たちに向かって、両手を広げる。
「本日は保護のために参りました」
嘘ではない。
言葉の定義が違うだけだ。
俺たちは、まだ見つかっていない。
だが。
時間の問題。
「最近、この近辺に」
神官の声が、広場に響く。
「敵性存在アルファが確認されました」
ざわめき。
名前は出ない。
だが、伝わる。
子供が、俺の袖を握る。
強く。
「もし」
神官が続ける。
「匿う者がいれば」
笑顔のまま。
「共犯と見なします」
静まり返る。
「本日より、村は封鎖」
「出入りは禁止」
「安全が確認されるまで、全員ここに」
村人の顔色が変わる。
畑は?
家畜は?
病人は?
関係ない。
“安全”が優先される。
片腕の男が、低く言う。
「……人質だな」
その通り。
俺が動けば、村が疑われる。
俺が逃げれば、村が罰せられる。
神官の視線が、ゆっくりと人々をなぞる。
探している。
反応を。
恐れを。
裏切りを。
若い女が、震える。
「……どうするの」
俺は、広場を見る。
兵は二十。
正面突破は可能か?
できる。
でも。
村が、巻き込まれる。
子供が、小さく言う。
「ぼくのせい?」
違う。
でも、そう思わせる構図だ。
神官が、さらに言う。
「通報者には、加護と報奨を」
市場が、開く。
恐怖の市場。
沈黙が、重くなる。
そのとき。
老婆が、前に出る。
「……何も知りません」
震えている。
だが、目は逸らさない。
「うちは、ただの村です」
神官は、微笑む。
「もちろん」
「だからこそ、守るのです」
優しい声。
鎖の声。
俺は、決める。
片腕の男に、視線で合図。
夜まで待つ。
静かに。
目立たず。
だが。
神官が、ふと空を見る。
「勇者様は、すでにこちらへ向かわれています」
空気が凍る。
「問題は、すぐに解決するでしょう」
勇者。
名前だけで、空気が変わる。
神官は、続ける。
「それまで」
ゆっくり。
「皆さまは、祈っていてください」
兵が、配置につく。
村は、囲まれた。
逃げ道はない。
俺が動けば、火種になる。
動かなければ、
勇者が来る。
子供の手が、震えている。
俺は、握り返す。
神殿は、祈りで縛る。
勇者は、剣で断つ。
そして俺は。
――どちらも、許さない。
夜が来る前に。
選ばなければならない。




