第42話 その手を、まだ握れるか
夜は、静かだった。
雨上がりの匂いが残る。
焚き火は小さい。
火の音だけが、やけに大きい。
誰も、あの話をしない。
――昨日のこと。
でも。
考えないわけじゃない。
子供が、
少し離れた場所で座っている。
いつもは、俺の近くなのに。
若い女が、
その隣にいる。
片腕の男は、
剣を磨いている。
必要以上に。
俺は、手を見る。
もう、温度はない。
でも。
覚えている。
「……なあ」
片腕の男が、口を開く。
視線は、剣に落としたまま。
「次も、やるのか」
答えは、分かっている問い。
俺は、少しだけ考える。
「必要なら」
正直に言う。
沈黙。
火が、弾ける。
「俺は」
男が言う。
「殺すのは、慣れてる」
短い呼吸。
「でもよ」
顔を上げる。
「お前がやるのは、
なんか違う」
責めてはいない。
ただ、揺れている。
若い女が、続ける。
「昨日のあなた」
「……少し、遠かった」
刺さる言葉。
俺は、否定しない。
「怖かった?」
聞いてしまう。
女は、頷く。
「うん」
正直だ。
「敵より、
あなたが」
子供が、顔を上げる。
目が合う。
「……でも」
小さな声。
「守ってくれた」
揺れている。
恐れと、信頼が。
同時に。
俺は、立ち上がる。
焚き火の向こう側へ回る。
子供の前にしゃがむ。
「昨日の俺は」
言葉を探す。
「怖かったと思う」
子供は、黙って聞く。
「でも」
ゆっくり。
「君を守るために、
選んだ」
「それは、変わらない」
子供は、手を見る。
俺の手。
「……また、なる?」
あの目に。
あの冷たい顔に。
俺は、答える。
「なる」
嘘は、つかない。
「でも」
一拍。
「君に向けない」
子供は、少し考えて。
ゆっくり、手を伸ばす。
俺の手を、握る。
小さい。
温かい。
若い女が、息を吐く。
片腕の男が、立ち上がる。
「……じゃあ、決まりだな」
「怖えけど、行く」
笑う。
無理やりじゃない。
本気の笑いだ。
「勇者のとこ行っても、
どうせ殺すんだろ?」
俺は、頷く。
「なら、選ぶわ」
男が言う。
「怖えって分かってる方を」
火が、少し強くなる。
恐れは、消えない。
でも。
置き去りにもならない。
俺は、理解する。
勇者は、
世界に選ばれる。
俺は。
恐れを知った上で、選ばれるかどうかを問われる。
夜は、静かだ。
でも。
もう、昨日とは違う。
恐れが芽生えた。
そして。
それでも離れないという選択も、
同時に芽生えた。




