第40話 手の温度が、残る
雨だった。
視界が、悪い。
足跡が、消える。
追うには、
最悪の天候。
でも――
向こうも同じだ。
「囲まれてる」
片腕の男が、低く言う。
数は、多い。
五人。
昨日の三人とは、質が違う。
重装。
統制。
無駄口なし。
賞金稼ぎじゃない。
“処理班”。
神殿の外部協力者。
「抵抗時は討伐を許可」
書面通りに動く者たち。
矢が飛ぶ。
今度は、狙いが正確だ。
俺は、歪ませる。
逸らす。
だが。
二本目が、来る。
子供へ。
考えるより早く、
身体が動く。
叩き落とす。
弓兵が、舌打ちする。
「……優先対象は、
随伴者だ」
冷たい声。
俺の頭の奥で、
何かが切れる。
世界が、
狭くなる。
「俺を狙え」
言っても、意味はない。
槍兵が突っ込む。
速い。
重い。
俺は、受ける。
火花。
衝撃。
力を使う。
地面が、沈む。
槍兵の体勢が崩れる。
その喉が、
目の前にある。
時間が、伸びる。
殺さなくても、
止められるか?
甘い。
後ろで、
もう一人が詠唱している。
次は、範囲だ。
子供も、女も、巻き込む。
計算する。
間に合わない。
俺は、
選ぶ。
剣を、
押し込む。
肉を裂く感触。
骨に当たる抵抗。
温度。
熱い。
近すぎる。
槍兵の目が、見開かれる。
驚き。
怒り。
恐怖。
――そして、空白。
体重が、
俺にかかる。
重い。
倒れる。
雨が、
血を薄める。
赤が、広がる。
静かだ。
一瞬だけ。
「……一人!」
誰かが叫ぶ。
だが、もう遅い。
俺は、振り返る。
目が、違う。
自分で分かる。
詠唱者が、
後退る。
俺は、近づく。
「退け」
低く言う。
殺意は、出さない。
ただの事実として。
残りの四人は、
一瞬で判断する。
撤退。
重装が、下がる。
雨の中へ消える。
追わない。
追えない。
俺は、
立ち尽くす。
足元に、
男がいる。
さっきまで、
敵だった人間。
今は、
動かない。
子供が、
震えながら近づく。
「……死んだ?」
俺は、
頷く。
嘘は、つかない。
若い女が、
口を押さえる。
片腕の男が、
何も言わずに空を見る。
雨が、
強くなる。
俺は、
手を見る。
まだ、温かい。
冷めきらない温度が、
掌に残っている。
これが。
俺の選択。
勇者は、
未来のために殺す。
俺は、
今を守るために殺した。
違いは、ある。
でも。
同じ重さだ。
子供が、
俺の手を握る。
小さい。
冷たい。
俺は、
握り返す。
「進む」
声は、震えていない。
もう、戻れない。
値札のついた命は、
血で書き直された。
俺は、
初めて人を殺した。
そして。
初めて、
“覚悟”が形になった。




