第36話 知らせは、遅れてやってくる
昼前だった。
休憩には、
少し早い時間。
それでも、
足を止めた。
理由は、ない。
――嫌な予感だけだ。
草を踏む音が、
一つ増える。
走ってきたのは、
伝令だった。
神殿の色。
だが、
鎧は着ていない。
半端な立場の人間だ。
「……あなたが」
俺を見る。
名前は、
呼ばれない。
勇者の周囲では、
名前は価値を持たない。
「これを」
紙切れを、
差し出される。
封は、
開いてある。
すでに、
読まれる前提の文章。
片腕の男が、
一歩前に出る。
「要件だけ言え」
伝令は、
唾を飲む。
「……勇者エルドが」
その名前で、
空気が変わる。
「北の町で、
災厄の芽を排除しました」
言い回しが、
整いすぎている。
俺は、
続きを待つ。
「犠牲は、
最小限です」
――来た。
「少女が、
一人」
誰も、
すぐには動かない。
風の音だけが、
通り過ぎる。
「……以上です」
伝令は、
それ以上を語らない。
語れない。
俺は、
紙を見る。
そこには、
功績が書かれている。
町の名。
判断の迅速さ。
未来への貢献。
名前は――
書かれていない。
少女の名前は、
存在しない。
「……それだけか」
俺の声は、
思ったより静かだった。
伝令は、
小さく頷く。
逃げるように、
去っていく。
誰かが、
膝をついた。
泣き声は、
ない。
ただ、
理解が追いついただけだ。
片腕の男が、
歯を噛みしめる。
「……始まったな」
俺は、
首を横に振る。
「もう、
始まってた」
子供が、
俺の服を引く。
「……その子」
「悪い子だったの?」
最悪の質問。
俺は、
即答しない。
嘘をつけば、
次に進めない。
「……分からない」
正直な答え。
「でも」
しゃがんで、
目線を合わせる。
「生きてた」
それだけ。
子供は、
何も言わない。
理解したわけじゃない。
覚えてしまっただけだ。
若い女が、
震える声で言う。
「……私たちが
残ったから?」
責任。
それを、
誰かに置きたい気持ち。
俺は、
はっきり言う。
「違う」
「選んだのは、
勇者だ」
「許したのは、
世界だ」
沈黙。
重いが、
必要な沈黙。
俺は、
立ち上がる。
「行くぞ」
誰も、
反対しない。
「止める理由は、
もう十分だ」
片腕の男が、
苦く笑う。
「……遅すぎたか?」
俺は、
首を振る。
「遅れた」
「でも」
一歩、
踏み出す。
「まだ、
取り返しはついてない」
空は、
変わらず青い。
世界は、
勇者を祝っている。
だからこそ。
俺たちは、
歩く。
誰にも祝われない側へ。




