第31話 正しさの中に混じるノイズ
神殿の控えの間は、白すぎた。
装飾も、影もない。
思考を、真っ直ぐにするための部屋。
勇者エルドは、椅子に座っていた。
背筋は、伸びている。
癖のない姿勢。
――正しい勇者の姿だ。
「入れ」
扉が、静かに開く。
入ってきたのは、
一人の若い男。
痩せている。
目の下に、濃い影。
神殿の兵に挟まれているが、
拘束具はない。
「……名前を」
エルドが、穏やかに問う。
「登録は?」
男は、少し迷ってから答える。
「……ありません」
神官が、すぐに口を挟む。
「非登録民です」
その言葉で、
男の肩が僅かに跳ねる。
エルドは、
その反応を見逃さなかった。
「君は、
反勇者と行動していたな」
男は、頷く。
「……はい」
「なぜ、離れた」
尋問ではない。
確認だ。
男は、俯く。
「怖くなりました」
正直な答え。
「彼は……
悪い人じゃない」
その前置きに、
神官が眉をひそめる。
だが、エルドは制止した。
「続けて」
「力が……
あまりにも大きかった」
男は、震える声で続ける。
「敵だけじゃなく、
僕たちまで……」
「動けなくなった」
エルドの指が、
僅かに動く。
「彼は、
それに気づいていたか」
「……はい」
即答。
「謝っていました」
「次は、
必ず考えるって」
沈黙。
神官が、低く言う。
「それは、
危険な言い訳だ」
だが、エルドは男を見る。
「君は、
それを信じたか」
男は、しばらく考えてから答える。
「……信じました」
だからこそ。
「だから、
離れました」
部屋の空気が、
僅かに歪む。
エルドは、目を伏せる。
「……なぜ」
勇者としてじゃない。
一人の人間としての疑問。
「信じたなら、
なぜ残らなかった」
男は、唇を噛む。
「信じたからです」
矛盾。
でも。
「彼は、
止まらない」
「間違えたら、
修正しようとする」
「でも……
歩くのを、やめない」
その言葉が、
エルドの胸に刺さる。
勇者は、
間違えない。
間違えないように、
作られている。
「僕は……」
男は、顔を上げる。
「正しい場所に、
戻りたかった」
責める理由は、ない。
神殿は、
それを“正常”と呼ぶ。
だが。
「……下がっていい」
エルドは、そう告げた。
男が、深く頭を下げて去る。
扉が、閉まる。
神官が、すぐに言う。
「やはり、
反勇者は危険です」
「人を惹きつけ、
そして、振り落とす」
エルドは、答えない。
剣の柄に、手を置く。
「……違う」
低い声。
「彼は、
振り落としていない」
神官が、怪訝な顔をする。
「彼は、
選ばせている」
それは、
勇者には許されない行為だった。
正しさは、
選ばせない。
示すものだ。
「エルド様?」
エルドは、立ち上がる。
「……命令は、受ける」
勇者としての言葉。
だが。
「だが次に会う時」
目が、僅かに揺れる。
「俺は、
彼を“敵”としてではなく」
“間違える人間”として見る。
その理解は、
剣を鈍らせる。
神殿が、
最も嫌う種類の変化だった。




