第3話 救わないという選択
最初に襲われたのは、小さな街だった。
城を出て三日。
街道沿いの交易都市は、魔族の小隊に包囲されていた。
「勇者様だ!」
「助けてくれ!」
俺を見つけた人々が、縋るように叫ぶ。
……やめてくれ。
その呼び方は、今の俺には重すぎる。
魔族は、正直言って弱かった。
指を鳴らせば終わる。
一振りで、全員まとめて沈められる。
だから俺は、一歩前に出た。
「俺がやる」
街の衛兵が、安堵の表情を浮かべる。
「お願いします! 勇者様なら――」
「待て」
低い声が、背後からかかった。
王都から同行してきた役人だ。
監視役。
俺が“余計なこと”をしないための。
「魔王軍との戦闘行為は許可されていない」
……ああ、そうだったな。
「ここで魔族を討てば、
“資格なき者が敵を討った”前例が残る」
淡々と、まるで書類でも読むように言う。
「それは世界の秩序を乱す」
街の人々が、言葉を失う。
「な、何を言って……?」
俺は、ゆっくりと振り返った。
「じゃあ聞く。
俺が動いたら、どうなる」
「王都に報告が上がる。
場合によっては――拘束だ」
本気だ。
本気で、街より物語を優先する。
拳が震えた。
助けられる。
確実に、全員。
でもその瞬間、俺は“世界の敵”になる。
……なるほど。
「分かった」
俺は、剣から手を離した。
ざわめきが走る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「見捨てるのか!」
違う。
見捨てたのは、俺じゃない。
俺は役人を指差した。
「こいつに言え。
助けるなって言ったのは、俺じゃない」
役人は、表情一つ変えない。
「世界のためです」
その言葉で、全部が冷えた。
俺は街に背を向ける。
悲鳴が、背中に突き刺さる。
一歩。
二歩。
――その時だった。
魔族の一人が、俺を見た。
そして、笑った。
理解した顔だった。
ああ。
魔王は、知っている。
俺が、救えないことを。
俺は歩き続ける。
この世界が選んだ“正しさ”を、
俺はまだ、壊せない。
それでも――。
「次は、見ていろ」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
救わなかった。
最初の選択だった。




