第28話 間違えた手触り
走り続けた。
夜が、明けきる前に。
足が、止まるまで。
誰も、声を出さなかった。
出せなかった。
老人の顔が、
それぞれの胸に残っている。
俺は、最後尾を歩く。
数える。
……減っている。
当たり前なのに、
その事実が、
何度も胸を叩く。
「……もう少し先で、休む」
声が、少し硬い。
誰も反論しない。
岩陰。
簡単な休憩。
水を分け、
子供を座らせる。
その時――
気配。
鋭すぎる。
「伏せろ!」
言い切るより早く、
空気が震えた。
光。
神殿式の索敵陣。
追跡は、終わっていなかった。
「来るぞ!」
俺は、前に出る。
考える前に、
体が動いた。
――止める。
――近づけない。
それだけを考えて。
力を、広げた。
今までより、
ずっと強く。
地面が、歪む。
空気が、沈む。
世界が、拒絶を始める。
「……っ!」
誰かの悲鳴。
神殿兵じゃない。
後ろだ。
「やめろ!」
片腕の男の声。
でも、
もう遅い。
圧が、
“敵味方の区別なく”
広がっていた。
足を取られる。
膝をつく。
子供が、泣き叫ぶ。
母親が、抱き寄せる。
俺は、慌てて力を絞る。
止める。
引き戻す。
地面は、元に戻る。
索敵陣は、砕け散っていた。
神殿兵の気配も、消える。
――成功だ。
でも。
「……怖い」
小さな声。
さっきまで、
俺をヒーローと呼びかけた子供だ。
目が、
俺を見ていない。
逃げ場を探す目だ。
胸が、冷える。
「……大丈夫だ」
そう言いかけて、
止める。
大丈夫じゃない。
俺が、
“脅威”になった瞬間だった。
片腕の男が、前に出る。
「……あんた、
今の分かってるか」
責める声じゃない。
確認だ。
「敵だけを
止めたかったんだろ」
俺は、頷く。
「でもな」
男は、仲間を見る。
「俺たちまで、
止まった」
沈黙。
正論だ。
「……すまない」
俺は、頭を下げる。
初めて。
同行者に。
「力に、
任せた」
守るために。
でも、
考えなかった。
老人の言葉が、
蘇る。
――背負う側だな。
背負うってのは、
こういうことか。
力を持つことじゃない。
誰が、どれだけ壊れるかを
想像し続けることだ。
母親が、
恐る恐る言う。
「……それでも」
「助かりました」
優しい声。
だから、余計に痛い。
俺は、深く息を吸う。
「次は」
ゆっくり言う。
「必ず、
範囲を選ぶ」
「威力も、
距離も」
「――人も」
それは、誓いだった。
自分への。
この力は、
振り回せば
すぐに“魔王”になる。
正しさだけじゃ、
足りない。
丁寧さが、要る。
夜明け。
空が、白む。
俺は、
初めて気づいた。
力を使うってのは、
敵を止めることじゃない。
信頼を壊さずに
止めることなんだ。
――難しすぎる。
でも。
だからこそ、
逃げるわけにはいかなかった。




