第27話 減った人数の重さ
移動は、静かだった。
夜明け前。
森の縁をなぞるように進む。
足音を、揃えない。
会話は、最低限。
逃げ慣れた人間たちだ。
無駄な希望も、油断もない。
……だからこそ。
気づくのが、遅れた。
「止まれ」
俺が、手を上げる。
風が、不自然だった。
冷たい。
森の匂いが、薄い。
「……誰か、いない」
後ろを歩いていた母親が、言った。
子供の手を、
強く握りながら。
数える。
一人。
二人。
三人――
「……老人が、一人」
足りない。
俺は、即座に引き返す。
距離は、そう遠くない。
足跡は、ある。
でも――
途中で、消えている。
いや、正確には。
“整えられている”。
「……罠だ」
片腕の男が、歯を噛む。
森の中。
少し開けた場所。
そこに――
老人は、座っていた。
倒れていない。
血も、出ていない。
ただ、
首に細い光の輪がある。
神殿の拘束具。
「……ああ」
老人は、俺たちを見る。
驚きも、恐怖もない。
「やっぱり、
来たか」
俺は、近づこうとして――
止められる。
「来るな」
老人が、はっきり言った。
「一歩でも近づいたら、
首が落ちる」
脅しじゃない。
事実だ。
「……自分から、残ったのか」
俺が、問う。
老人は、笑った。
「若いのが多すぎた」
「足が、遅いのは
俺だ」
誰も、言葉を出せない。
「それに」
老人は、少しだけ胸を張る。
「初めてだった」
「誰かと一緒に、
逃げるってのが」
神殿兵の気配が、
遠くにある。
包囲。
時間は、ない。
「……助ける」
俺が、言う。
老人は、首を振る。
「助からん」
「分かってる」
だからこそ。
「だがな」
老人は、俺を見る。
「選んだんだ」
「地下で、
あんたと行くって」
その言葉が、
胸に刺さる。
「……一人くらい」
老人は、静かに続ける。
「選んだ結果を、
背負う役がいてもいい」
母親が、
声を殺して泣く。
子供が、
何も分からずに
服を掴む。
俺は、歯を食いしばる。
力を使えば、
拘束具を壊せるかもしれない。
でも――
次が来る。
もっと、確実な形で。
老人は、分かっている。
だから、急かす。
「行け」
「ここで、
立ち止まるな」
神殿の声が、
遠くで響く。
「対象、確保」
俺は、拳を握る。
そして――
下げた。
「……すまない」
それだけ言う。
老人は、満足そうに頷く。
「いい顔しやがって」
「やっと、
背負う側だな」
俺たちは、走る。
誰も、振り返らない。
振り返れない。
背後で。
光が、強くなる。
音は、しない。
森は、何事もなかったように
静まり返る。
人数は、
確かに減った。
名前も、
記録も残らない。
でも。
俺の中に、
一人分の重さが増えた。
守ると決めた時から、
こうなると分かっていた。
それでも。
慣れることだけは、
絶対にしないと決めた。




