第26話 秩序は、数のズレを嫌う
神殿の地下は、静かだった。
石壁に刻まれた紋章が、
淡く光る。
水晶盤の前に、
神官たちが立っている。
「……反応が、増えています」
若い神官が、声を落とす。
「反勇者周辺の
生命密度が、移動中です」
水晶盤には、
点が映っている。
名前も、顔もない。
ただの“数”。
「規模は?」
「二十前後……いえ、
増えています」
別の神官が、眉をひそめる。
「地下民か」
断定。
疑問は、ない。
「保護外区域からの
流出を確認」
「想定外だな」
白衣の神官長が、ゆっくり言う。
「彼らは、
動かない前提で
管理されていた」
“管理”。
それが、神殿の言葉だ。
「反勇者が
引き連れている可能性は?」
「高いです」
「彼の周囲では、
非登録者が
必ず“選択”を始める」
その言葉に、
空気が変わる。
「……厄介だな」
神官長は、顎に手を当てる。
「力そのものより、
影響力が問題だ」
「はい」
「彼は、
思想を広げています」
誰かが、言葉を選びながら続ける。
「“守られる側が
自分で決める”という、
非常に危険な概念を」
沈黙。
それが、
神殿にとっての禁句だった。
「秩序は、
選択肢を減らすことで保たれる」
神官長が、淡々と言う。
「選択が増えれば、
混乱が生まれる」
「混乱は、
悪だ」
全員が、頷く。
疑いは、ない。
「対応は?」
問いに、
神官長は即答する。
「監視段階を終了」
「“観測対象”から
“是正対象”へ移行する」
水晶盤の光が、
一段階、濃くなる。
「地下民は?」
「個別対応は不要」
冷たい声。
「集団として扱え」
「彼らが動くのは、
彼がいるからだ」
「なら、
原因を除去すればいい」
誰かが、ためらいがちに言う。
「勇者エルドは……?」
一瞬だけ、
神官長の目が細くなる。
「彼は、
“正しさ”の象徴だ」
「だが今回は、
道具としては不安定」
判断は、下された。
「別系統を、動かす」
「記録官を前に」
扉が開き、
無表情の記録官が入る。
「書きなさい」
神官長が告げる。
「反勇者および
同行する非登録民」
「秩序攪乱因子として指定」
「優先度――
高」
ペンが、走る。
その一筆で。
地下を出た人々は、
“人”ではなくなった。
移動する点。
修正されるべき誤差。
神官長は、
最後に一言だけ付け加える。
「……勇者を
試すには、
ちょうどいい」
神殿は、
静かに動き始める。
音もなく。
慈悲もなく。
ただ、
正しいという顔で。




