第23話 力は、音を立てない
盾が、揃っていた。
神殿兵の列は、完璧だった。
訓練通り。
想定通り。
だから――
誰も、疑っていなかった。
ここで止められるとは。
最初に前に出た兵が、
足を踏み出した瞬間。
地面が、沈んだ。
「――っ!?」
悲鳴は、短い。
土が、ぬかるむ。
いや、違う。
絡みつく。
影みたいに伸びた“何か”が、
足首を掴み、引きずり込む。
剣は、抜かれない。
抜く前に、
体勢が崩れる。
「魔法か!?」
「違う!」
神官の声が、鋭く響く。
「陣形を――」
言い終わる前に、
前列が、完全に止まった。
誰も、倒れていない。
誰も、傷ついていない。
ただ――
一歩も、動けない。
村の空気が、凍る。
俺は、前に出た。
一歩だけ。
剣も、杖も、持っていない。
「……何をした」
神官が、睨みつける。
俺は、地面に視線を落とす。
「止めただけだ」
それは、嘘じゃない。
力を“放った”感覚は、ない。
ただ――
世界に触れた。
地下で。
村で。
逃げ続ける人たちの中で。
ずっと、無視されてきたもの。
踏まれてきたもの。
“ここにいる”という事実。
「進むなら、
もう一歩分、重くなる」
声は、驚くほど落ち着いていた。
「戻るなら、
何も起きない」
脅しじゃない。
説明だ。
神官は、唇を噛む。
「……これは、神の理に反する」
「神は、ここにいない」
俺は、そう言った。
村の誰かが、息を呑む。
別の誰かが、
小さく拳を握る。
神官が、手を上げる。
兵に向けて――
ではない。
空に向けて。
「……記録せよ」
低い声。
「反勇者、
未知の干渉能力を使用」
「危険度、更新」
世界が、ラベルを貼る音がした。
兵たちは、まだ動けない。
恐怖は、遅れて来る。
剣を抜けない自分。
命令を実行できない自分。
“正しさ”が、通らない場所。
それが、
一番の恐怖だ。
「……撤退する」
神官が、そう告げた。
信じられない言葉。
兵の列が、
少しずつ、後退する。
俺は、追わない。
力も、広げない。
村長が、俺を見る。
問いではない。
確認だ。
「これで……」
「ああ」
俺は、頷く。
「もう、戻れない」
力は、消えた。
地面は、元に戻る。
傷一つ、残らない。
でも――
空気は、変わった。
村の誰かが、言った。
「……勇者みたいだ」
俺は、首を振る。
「違う」
「俺は、
越えただけだ」
何を?
どこを?
それは、まだ言葉にならない。
でも、確かに。
世界は今、
俺を“危険”として認識した。
それでいい。
選んだ場所を、
守っただけだ。
――ただ、それだけなのに。




