第21話 守るための準備
最初に動いたのは、戦士じゃなかった。
「子供を、谷の奥へ」
角のある女が、静かに言った。
声を荒げない。
命令もしない。
ただ、当然のことを確認するみたいに。
子供たちは、文句も言わず動き出す。
慣れている。
ここは、そういう村だ。
井戸のそばでは、老人たちが集まっていた。
「……神殿、か」
「勇者も来るらしい」
「またか」
誰も、驚かない。
怒りもしない。
ただ、肩を落とす。
「ここは、静かだったのにな」
「静かすぎる場所は、
いつも目をつけられる」
畑では、作物が刈り取られていた。
急ぎすぎない。
でも、確実に。
食料は、戦争より先に尽きる。
若い魔族たちが、木材を運ぶ。
「柵、作る?」
「作らない」
答えたのは、村長だった。
白髪で、背の低い魔族。
「柵は、“ここは戦場です”って
言ってるようなものだ」
「でも……」
「逃げ道を、作る」
村の裏手。
古い洞穴が、開け直される。
人間の女が、手伝っていた。
「ここ、もっと広げられる」
「詳しいな」
「地下にいたから」
短いやり取り。
それで、十分だった。
焚き火の前。
武器が、並べられる。
剣。
槍。
農具。
新品は、ない。
全部、使い古し。
「足りないな」
「足りなくていい」
誰かが言う。
「勝つためじゃない」
「――生き延びるためだ」
その言葉に、
全員が黙って頷いた。
少し離れた場所で、
俺はそれを見ていた。
手を出さない。
指示もしない。
選んだのは、
“ここを守る”だったが――
やり方は、彼らが選ぶ。
村長が、俺に近づいてくる。
「戦う覚悟は、あるか」
試すような目。
「ある」
短く答える。
「勝つ覚悟は?」
一瞬、考える。
「……ない」
正直だった。
村長は、少し笑った。
「それでいい」
「勝つ気のある者は、
村を賭ける」
「守る気のある者は、
村を離さない」
遠くで、角笛が鳴った。
見張りからの合図。
誰かが来る。
村の空気が、引き締まる。
でも、恐慌はない。
泣く子もいない。
全員が、
“自分の持ち場”に散っていく。
その背中を見て、
胸が少し痛んだ。
英雄じゃない。
勇者でもない。
ただの、生活者。
それでも――
彼らは、立っている。
村長が、空を見上げる。
「神殿は、
この村を“間違い”と言うだろう」
俺も、同じ方向を見る。
「なら、答えは簡単だ」
「生き続ける」
村長は、静かに頷いた。
「それが、一番の反論だ」
風が、吹いた。
戦いの匂いじゃない。
いつも通りの、
村の匂いだった。




