第20話 選択は、静かに行われる
朝だった。
魔族の村に、いつも通りの音が戻ってくる。
鍋の音。
笑い声。
喧嘩。
世界は、何事もなかったかのように続いている。
――それが、余計に重かった。
俺は、村の外れに立っていた。
谷を見下ろす場所。
ここからなら、
神殿の兵も、勇者も、来るのが見える。
「考え事か」
声。
振り返ると、
角のある若い魔族が立っていた。
「顔が、逃げる前のそれだ」
「……逃げるつもりはない」
そう答えてから、
自分で少し驚く。
本心だった。
「魔王と会ったんだってな」
「耳が早いな」
「この村は、
情報が命だ」
若い魔族は、隣に立つ。
「で、どうする」
聞き方が、軽い。
でも、目は真剣だ。
俺は、谷を見る。
地下の民。
魔族の村。
勇者エルド。
神殿。
全員、別の正しさを持っている。
全部、守れない。
「……一つ、分かったことがある」
ゆっくり言う。
「俺は、
誰かの代わりに決断するのが嫌なんだ」
「ほう」
「勇者みたいに、
“世界のため”って理由で
人を切り捨てるのも」
「神殿みたいに、
“正しさ”で人を縛るのも」
「魔王みたいに、
“観測”って言葉で
責任を放り投げるのも」
全部、違う。
若い魔族は、黙って聞いている。
「だから――」
息を吸う。
「俺は、
選ぶ場所を限定する」
「でかい話だな」
「小さい話だ」
笑う。
「世界は救わない」
「神殿も、今は壊さない」
「勇者も、倒さない」
若い魔族が、目を細める。
「じゃあ、何をする」
「ここを守る」
即答だった。
「この村と、
地下から来た連中と、
“記録に残らないやつら”」
「ここに来るやつは、
善人でも悪人でもいい」
「ただし」
一拍。
「奪うやつだけは、
俺が止める」
若い魔族は、少し笑った。
「勇者みたいなこと言うな」
「違う」
首を振る。
「俺は、
自分の足元だけを見る」
遠くで、鐘の音がした。
神殿のものだ。
時間は、あまりない。
「それ、戦争になるぞ」
「知ってる」
「神殿は、
ここを許さない」
「勇者も、来る」
「それでも?」
俺は、拳を握る。
「それでもだ」
「誰かに命令された選択じゃない」
「俺が、選んだ」
若い魔族は、しばらく黙ってから言った。
「……村長に話してくる」
「反対されるぞ」
「だろうな」
背中を向ける。
「でも、
選ばせてやる」
その言葉に、
少し救われた。
俺は、谷を見下ろす。
遠くに、
黄金の光が揺れた気がした。
勇者エルドだ。
そして、そのさらに向こう。
見えないが、
確かにある。
神殿。
「来いよ」
小さく、呟く。
「ここは、
お前らの“正しさ”が
通る場所じゃない」
剣は、抜かない。
でも、逃げもしない。
それが――
俺の選択だった。




