第2話 魔王は知っている
竜魔王は、玉座に座っていなかった。
黒曜石の床に片膝をつき、巨大な翼を畳み、
まるで祈るように首を垂れていた。
「……また、来なかったか」
低く、重い声が広間に響く。
五年。
人の国は、未だ黄金の剣を持つ勇者を寄こさない。
竜魔王は知っている。
人間たちが何を待っているのかを。
「黄金の剣。資格。物語……」
嘲るように、吐き捨てる。
「相変わらずだな。
“倒せるか”ではなく、“倒してよいか”を選ぶ種族め」
配下の魔族が、恐る恐る口を開いた。
「陛下。人の国より、報告が」
「言え」
「……新たな勇者が現れたとのことです。
魔力、剣技、すべてが規格外。
鑑定では――上限を超えていると」
竜魔王の瞳が、わずかに細まる。
「ほう」
興味。
それだけが、久方ぶりに心を揺らした。
「黄金の剣は?」
「……所持していないそうです」
沈黙。
そして、竜魔王は――笑った。
「なるほど。来たか」
低く、愉快そうな笑み。
「それで、人の王はどうした」
「……魔王討伐を認めなかったとのことです」
「当然だ」
竜魔王は立ち上がる。
その影が、広間いっぱいに広がった。
「私は“物語の魔王”だ。
黄金の剣を持つ勇者に倒されねばならぬ存在」
爪を鳴らす。
「資格なき者に殺されては、困る」
配下が息を呑む。
「陛下……それは」
「分かっている。
実力なら、私など一瞬で終わるだろう」
だからこそ。
「――彼は、私を殺せない」
竜魔王は、どこか楽しげに言った。
「人間の王も、世界も、
そしてこの私自身が、それを許さぬ」
魔族の一人が、震える声で尋ねる。
「では……陛下は、どうなさるおつもりで?」
竜魔王は、玉座の前に立ち、遠く人の国を見据えた。
「待つさ」
「待つ……?」
「黄金の剣が現れるまで。
あるいは――」
一瞬、笑みが消える。
「資格なき勇者が、
“物語そのもの”を壊すまで」
竜魔王は翼を広げた。
「恐怖を続けよ。
世界が、自らの選択を後悔するまでな」
その日もまた、
魔王は世界を滅ぼさなかった。
――殺されては、困るからだ。




