第19話 魔王は名を呼ばない
夜更け。
魔族の村は、静かだった。
焚き火は落とされ、
見張りもいない。
――それでも、俺は目を覚ました。
空気が、変わった。
重いわけじゃない。
怖いわけでもない。
ただ――
世界の解像度が、上がった。
「起きているな」
声は、すぐ隣から聞こえた。
驚いて振り向く。
そこにいたのは、
黒衣の男。
角もない。
翼もない。
王冠すら、ない。
なのに――
見た瞬間、分かった。
「……魔王、か」
「そう呼ばれている」
否定しない。
肯定もしない。
「村の連中は?」
「眠っている」
「時間を、少し借りた」
俺は、立ち上がらない。
相手も、動かない。
距離は、三歩。
「殺しに来たなら、
もう死んでるだろ」
「正解だ」
あっさり。
「だから、違う」
魔王は、空を見る。
「君は、不思議だ」
「勇者を倒せる力がある」
「だが、世界を壊そうとしない」
「救える立場にいながら、
救わない選択をする」
全部、見られている。
「……監視か?」
「観測だ」
言い切る。
「神殿と、同じか?」
魔王は、少しだけ笑った。
「似ているが、逆だ」
「彼らは、
世界を“正しくしたい”」
「私は、
世界が“どう壊れるか”を見ている」
ぞっとする言い方だ。
でも、嘘じゃない。
「なら、俺は何だ」
問い。
魔王は、初めて俺を見る。
まっすぐ。
「誤差だ」
「想定外」
「本来、この世界に存在しない
揺らぎ」
しっくり来る。
「利用する気か?」
「可能性はある」
即答。
「だが、それは
神殿と同じだ」
魔王は、一歩下がる。
「だから、私は君を
“使わない”」
「……は?」
「選ばせる」
焚き火の跡を指す。
「ここに残るか」
「勇者と敵対するか」
「神殿を壊す側に立つか」
「――何もしないか」
全部、放り投げてくる。
「忠誠も、命令も、
契約もない」
「その代わり」
声が、低くなる。
「君が選んだ結果は、
私も止めない」
重すぎる自由だ。
「なんで、そこまで」
聞くと、魔王は少し考えた。
「勇者は、壊れかけている」
「神殿は、壊す価値がある」
「そして――」
一拍。
「君は、
“救わない優しさ”を持っている」
それが、
一番危険だ。
魔王は、背を向ける。
「次に会う時、
君がどこに立っているか」
「それを、楽しみにしている」
気配が、消える。
音もなく。
星だけが、残る。
俺は、息を吐いた。
「……面倒な世界だ」
誰も答えない。
でも、分かっていた。
今、初めて――
世界の全員が、俺の選択を待っている。




