第16話 噛み合わない再会
雨が、降っていた。
森の奥、獣道の終わり。
焚き火の跡が、まだ温い。
俺は、そこで足を止めた。
――いる。
気配が、まっすぐすぎる。
「里崎智哉」
名を呼ばれ、振り返る。
そこにいたのは、
黄金の剣を携えた勇者。
エルド。
だが――。
「……随分、早いな」
「逃走経路は把握している」
声は、落ち着いている。
落ち着きすぎている。
あの時の迷いが、ない。
「世界の敵を、討伐する」
言葉が、定型文みたいだった。
俺は、剣に手をかけない。
「神殿に、行ったな」
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
エルドの視線が、揺れた。
「……関係ない」
即座に切り捨てる。
それが、答えだった。
「戻ったのか」
「正しさに、だ」
黄金の剣が、構えられる。
姿勢は完璧。
無駄がない。
でも――
人の気配が、薄い。
「なあ、エルド」
一歩、前に出る。
「お前、自分でここに来たか?」
問いかけ。
刃が、震えた。
「命令ではない」
「使命だ」
言い換えただけだ。
踏み込んでくる。
速い。
前より、速い。
だが、重い。
剣を受け流し、距離を詰める。
「……くっ」
エルドの呼吸が、乱れない。
乱れないまま、攻めてくる。
まるで――
正解だけをなぞる機械。
「やっぱりな」
拳を当てても、
表情が変わらない。
「お前、痛みを切られてる」
「必要ない」
即答。
「勇者に、迷いは不要だ」
違う。
それは、
不要にされただけだ。
俺は、距離を取る。
「もう一度言う」
剣を下ろさずに。
「俺は、世界を壊したいわけじゃない」
「その言葉は、既に検証済みだ」
エルドの声が、僅かに低くなる。
「欺瞞と判定された」
……検証。
やっぱり、そうか。
「エルド」
名を呼ぶ。
今度は、強く。
「お前、地下の子供の顔、覚えてるか」
一瞬の空白。
処理が、止まったみたいに。
「……任務と無関係だ」
「覚えてない、か」
それが、一番きつい答えだった。
剣が、再び振り上げられる。
俺は、受けない。
避けて、背後に回る。
「なら、これは?」
耳元で、囁く。
「“考える勇者は失敗する”」
エルドの動きが、止まった。
黄金の剣が、僅かに下がる。
「……誰から聞いた」
声が、低く震える。
残ってた。
まだ、残ってた。
「忘れたか?」
距離を取る。
「それ、お前の言葉じゃない」
雨音だけが、響く。
エルドは、剣を下ろしたまま、
動けずにいた。
「……任務を、続行する」
そう言いながら、
足が、前に出ない。
「今日は、ここまでだ」
俺は、背を向ける。
「今のお前を、倒しても意味がない」
「逃げるのか」
問い。
振り返らずに答える。
「逃げるんじゃない」
「待つ」
歩き出す。
「次に会う時、
お前が“自分でここに来た”なら」
一歩。
「その時は、ちゃんと話そう」
雨の中、足音が遠ざかる。
後ろで、
黄金の剣が、地面に触れる音がした。
拾われたかどうかは、
見なかった。
でも――
今回は、最後まで追ってこなかった。




