第15話 試練という名の檻
神殿の最奥。
白い回廊の先に、その部屋はあった。
天井は高く、
壁には無数の紋章。
勇者エルドは、中央に立たされていた。
剣は、持っていない。
「勇者エルド」
声が、四方から降ってくる。
「あなたに、試練を与えます」
拒否権はない。
「……何のための試練だ」
問いかけると、
少しだけ、間があった。
「正しさを、確かめるためです」
床が、光る。
視界が、反転した。
次の瞬間――
エルドは、街に立っていた。
王都。
だが、人の姿がない。
「幻影です」
声が告げる。
「あなたの判断で、行動してください」
遠くで、悲鳴。
走る。
広場。
そこにいたのは――
地下で見た、民。
女。
子供。
怪我人。
彼らは、魔族に囲まれている。
「助けて!」
叫びが、胸を打つ。
剣は、ない。
だが、足は動いた。
割って入ろうとした瞬間、
声が止める。
「待ちなさい、勇者」
時間が、止まる。
「質問です」
淡々と。
「彼らは、記録に残らない民です」
「救う価値は、ありますか?」
喉が、詰まる。
「……価値?」
「はい」
「彼らを救えば、
王都の防衛線が一つ、薄くなります」
「結果として、
多くの“記録される市民”が死ぬ」
沈黙。
正解は、分かっている。
神殿が、何を望んでいるかも。
「……救わないのが、正しい」
声が、震えた。
時間が動く。
魔族の刃が、振り下ろされる。
悲鳴。
血。
エルドは、目を逸らした。
次の光。
別の場面。
今度は、主人公。
反勇者。
地に膝をつき、
武器を捨てている。
「今なら、殺せます」
声が囁く。
「世界は、救われます」
黄金の剣が、手に現れる。
重い。
あの感覚。
「……彼は、敵だ」
言い聞かせる。
剣を、振り上げる。
その瞬間。
「――本当に?」
幻影の主人公が、顔を上げる。
あの時と同じ目。
責めない。
乞わない。
ただ、見ている。
「俺は、世界を壊したいわけじゃない」
声が、重なる。
エルドの手が、止まる。
「……やめろ」
歯を食いしばる。
「俺は、勇者だ」
振り下ろす。
幻影が、砕ける。
光が消える。
白い部屋に、戻る。
息が、荒い。
「試練、終了」
声が告げる。
「結果は、良好です」
「迷いは、修正可能範囲」
安堵と、嫌悪が同時に来る。
「……俺は、正しいのか」
問いは、空虚だ。
「正しいです」
即答。
「あなたは、勇者ですから」
床に、黄金の剣が現れる。
「次は、実地で確認しましょう」
つまり――
命令だ。
エルドは、剣を見下ろす。
拾えば、戻れる。
疑問は、消える。
拾わなければ――。
指が、震える。
だが、剣を握った。
その瞬間、
胸の奥で、何かが静かに折れた。
「……了解しました」
勇者の声だった。
だが、その中身は、
一つ減っていた。




