第13話 正しさの行方
森に、風が吹いていた。
勇者エルドは、一人だった。
黄金の剣を地面に突き、膝をつく。
息が、整わない。
「……なぜだ」
問いは、誰にも届かない。
剣を握る手が、震えている。
敗北。
それ自体は、受け入れられる。
だが――。
理由がない。
あの男は、
力を誇示しなかった。
正義を語らなかった。
世界を呪わなかった。
ただ、止めただけだ。
「俺は……勇者だ」
呟く。
その言葉は、これまで“支え”だった。
生まれた時から、そう呼ばれてきた。
剣を渡され、
使命を教えられ、
疑う余地はなかった。
「正しい者が、
正しい剣を振る」
それが、世界の仕組みだと。
だが。
あの一撃。
拳が腹に沈んだ瞬間、
理解した。
対等ですらなかった。
恐怖より先に、
困惑が来た。
「……俺は、何をしていた?」
思い出す。
地下の記録。
消された民。
反勇者という名の罪。
それらを、
深く考えたことがあっただろうか。
「世界が言った。
王が言った。
神殿が言った」
だから、剣を振った。
それは、自分の意思だったのか。
黄金の剣を見る。
輝きは、変わらない。
だが――。
「……重い」
初めて、そう感じた。
背後で、枝が鳴る。
「誰だ!」
反射的に構える。
だが、現れたのは、
神官だった。
神殿の使者。
白衣に、金の紋章。
「勇者エルド。
ご無事で何より」
その声に、安堵する自分がいた。
「反勇者は……?」
「逃走しました」
当然のように言う。
「次は、討伐隊を編成します」
淡々と。
「あなたは、先頭に立つ」
命令。
エルドは、答えなかった。
「……なぜ、俺なんだ」
神官が、瞬きをする。
「勇者だからです」
迷いのない返答。
それが――
初めて、恐ろしく聞こえた。
「俺が、間違っていたら?」
神官は、微笑んだ。
「勇者が、間違うことはありません」
その言葉が、
胸を刺す。
逃げ場がない。
考える余地がない。
剣を握る手に、力が入らない。
「……少し、時間をくれ」
神官の眉が、僅かに曇る。
「勇者?」
「考えたい」
初めての、拒否。
沈黙。
「……承知しました」
神官は、一歩下がる。
「ですが、忘れないでください」
去り際に、囁く。
「あなたが迷えば、
世界が迷います」
足音が、消える。
エルドは、剣を下ろした。
「世界が……?」
呟いて、笑う。
乾いた笑いだ。
「……そんなもの、
知らなかった」
黄金の剣を、地面に置く。
手を、離す。
勇者エルドは、
初めて――
剣なしで立っていた。




