第12話 勇者の敗北
森は、深かった。
王都を離れて半日。
獣道すら消え、音が吸われる。
――来る。
背後の気配。
隠す気もない、堂々とした魔力。
「止まれ、里崎智哉!」
黄金の光が、木々の間を裂いた。
勇者エルド。
一人で来たらしい。
「逃げるつもりか」
俺は、歩みを止めただけで振り返らない。
「追わせるつもりはなかった。
来たのは、お前だ」
剣が抜かれる音。
「世界の敵が、何を言う」
黄金の剣が、眩しく輝く。
「ここで終わらせる。
それが、勇者の役目だ」
……役目、か。
俺は、ようやく振り返った。
「一つだけ教えてやる」
「言い訳か?」
「違う」
距離、十歩。
「お前は、まだ一度も
“自分の意思で”剣を振ってない」
エルドの眉が、僅かに動く。
「何を――」
言葉の途中で、踏み込んだ。
速さは、互角。
力は――違う。
黄金の剣が振り下ろされる。
正面から受け止める理由はない。
半歩、ずらす。
剣が空を切る。
「なっ――」
次の瞬間、俺の拳が腹に入った。
衝撃。
地面が抉れる。
エルドが、吹き飛んだ。
「……ぐっ」
受け身は、取れている。
さすがは勇者。
だが、動きが鈍い。
「立て」
俺は、剣を構えない。
「本気で来い。
世界じゃなく、お前自身で」
「……ふざけるな!」
黄金の剣が、咆哮する。
魔力解放。
森が揺れる。
直撃すれば、確かに危険だ。
だが――。
避ける。
潰す。
止める。
三合も、持たなかった。
剣を叩き落とし、
首元に刃を当てる。
静寂。
エルドの喉が、鳴った。
「……殺せ」
歯を食いしばって言う。
「反勇者だろ」
俺は、刃を引いた。
「殺さない」
「なぜ!」
叫び。
「俺は、世界を壊したいわけじゃない」
視線を合わせる。
「お前を止めたいだけだ」
エルドは、言葉を失った。
黄金の剣が、地面で鈍く光る。
「……俺は、正しい」
それでも、言い張る。
「そう教えられてきた」
俺は、背を向けた。
「だったら、次は自分で考えろ」
歩き出す。
「次に会う時、
まだその剣を振れるなら――」
振り返らずに言う。
「その時は、もっと厄介になる」
足音が、遠ざかる。
後ろで、エルドは立てなかった。
勇者は、初めて敗れた。
黄金の剣を持ちながら。
――理由も、意味も、理解できないまま。




