遊び① 木登り
「よーし、行くよ!」
マリアンヌは大樹に向かって全力で走り出した。
侍女は慌てて後を追うが、とても追いつけない。
「お、お嬢様ぁぁぁぁ!! 待ってくださいませぇぇぇ!!」
裏庭に響く悲鳴を尻目に、マリアンヌはスカートを片手で押さえ、もう片手で幹を掴む。
躊躇はゼロ。まるで前世の自分が“木登り禁止令”なんてものに反発しているかのようだ。
「うふふ、思いっきり遊ぶって決めたんだもん!」
枝に足をかけ、幹の凹凸を見つけて手を添える。
そして無意識に、体重を少しだけ軽くする魔力を込めた――
登るスピードは、見ている大人たちの目にも驚異的だった。
「すごい速さだ……!」
騎士団の若者が口を開けて見上げる。
侍女は手を合わせ、目を白黒させるのみ。
マリアンヌはさらに枝をつかみ、ぐんぐん上へ。
頂上に近づいた頃、風がそよぎ、視界がひらける。
「わ、すご……! お城がちっちゃく見える!!
高いところって最高!」
その瞬間、ミシッ――。
嫌な音が枝から響いた。
「うわっ、ま、まさか――」
落下の瞬間、運良く下にいた騎士の一人が反射的に飛びついた。
マリアンヌを抱えて地面に転がる。勢い余って二人はゴロゴロと芝生に転がった。
「ぐぉ……ぉおお……腰が……!!」
騎士は腰を押さえ悶絶。涙目でうめく。
「ありがとう! よく受け止められたね!」
マリアンヌは満面の笑み。
騎士は涙ながらに答える。
「こ、光栄……です……(泣)」
その光景を、侍女たちは遠巻きに見守るしかなかった。
全員、魂が抜けたような顔で、ただ立ち尽くすのみ。
「……あの子、大丈夫かしら……」
裏庭には、元気すぎる小さな悪役令嬢と、呆然とする大人たちの図が広がっていた。




