前世の回想
深夜二時。
オフィスの窓から見える街の灯りは、とうの昔にコンビニとファミレスしか残っていなかった。
「……終わらん……」
パソコン画面のブルーライトが、中年サラリーマン・**鈴木優一(38)**の顔色をさらに悪くしていく。
机の上には資料の山。カップ麺の容器だけが元気だ。
ぽつりと、ため息。
「……人生、遊んでないなあ」
ふと、昔のことを思い出す。
小学生の頃。校庭で遊ぶ友達を横目に、塾へ直行する自分。
日曜も習い事、夏休みは特訓講座。
漫画もゲームも“試験が終わってからね”と言われ続けた。
楽しい記憶が、ほとんど思い出せなかった。
「遊びたかったな……木登りとか、秘密基地とか……」
社会人になってからも、仕事に追われる日々。
給料明細を見ても、喜びより疲労が勝つ。
気づけば、やりたいことは何一つできていなかった。
そんな時だった。
ぐらり。
「……あれ?」
視界が歪んだ。
頭がくらくらする。
立ち上がろうとしても足が動かない。
(……あれ? これ、まずい?)
資料を握ったまま、崩れ落ちる。
意識が遠のく中、優一は小さくつぶやいた。
「次の人生があるなら……思いっきり遊びたいなぁ……」
その瞬間、世界がふっと静かになった。
柔らかな光が視界を満たし、温かさが全身を包み込む。
――そして。
「……ん?」
まぶたを開けると、見慣れない天蓋つきのベッド。
小さな手。ふわふわの金髪が視界に落ちる。
鏡に映ったのは、幼い少女――マリアンヌ。
「え……? えぇぇぇぇ!!??」
声は可愛い。顔も可愛い。
どう見ても貴族令嬢。
でも優一の脳内は、それどころではない。
(子ども……? 少女……? えっ、貴族!? いや待て、これ……乙女ゲームの悪役令嬢の……!?)
驚き、混乱、そして――
「……遊べる……!!」
前世で抑圧された“遊び心”が、ぎゅん!!と跳ねた。
「木登りも、泥団子も、秘密基地も、全部できる!! 待ってろよ世界!! 今度こそ全力で遊んでやる!!」
ベッドの上でガッツポーズを取る幼女。
侍女たちはぽかんと固まった。
こうして“悪役令嬢マリアンヌ”の、
――元気すぎる第二の人生が幕を開けた。




